私がいま住んでいる村は、とても小さな村だ。
限界集落と言ってもいい。
若い人たちはみんな村を出て行ってしまい、残っているのは私と、幼なじみの男の子くらいしかいない。
そんな私たちも、来年には村を出ることが決まっている。
そんな「最後の年越し」に、十二年ぶりの祭りが開かれることになった。
若い女性が巫女役となり、十二杯の水をかけられるという、よくわからない祭りだ。
そして必然的に、私が選ばれたというわけだ。
仕方ないとはいえ、憂鬱だった。
「はあ、本当に意味がわからない…。」
私は溜息混じりに呟き、そばにいた幼なじみの健太に愚痴をこぼした。
「まあ、煩悩の数だけ水かけられるよりはマシじゃん?」
彼が苦笑しながらそう返す。話を聞く限り、大昔は百八杯もかけられていたという。
除夜の鐘かよ…。
「あなたはやらないから良いけどね…。」
少し恨みがましい口調で言うと、健太は肩をすくめた。
「とは言っても、俺も祭りの準備に駆り出されるからなぁ。年末に向けて休みなんて無いようなもんだぞ?」
たしかに。
おそらく、これが最後の祭りになるのだろう。
村の老人たちは皆、気合いが入っている。目の色すら違って見える。
「たしかに、私は舞を覚えるくらいだから、本番以外は楽なのかもしれないけど。」
そう言いながらも、少し後ろめたい気持ちがある。
巫女は特別扱いらしく、村人たちが毎日のように肉や野菜、酒などを届けてくれる。
中にはわざわざ街に出かけて、お菓子や果物まで買ってくる人もいた。
ありがたいのだが――
「お肉が余りすぎて大変だから、お母さんが今日晩ご飯食べに来ないかだってさ。来る?」
私がそう誘うと、健太はぱっと顔を明るくした。
「やった、行く行く。」
その様子を見て、思わず苦笑いが漏れる。
私だって、本当はもっと食べたい。けれど――
祭りのことを考えると、太るわけにはいかない。
――祭りが終わったら、暴食してやる。
そんなことを毎日、心の中で誓っている。
そして、衣装合わせの日がやってきた。
憂鬱の原因は、間違いなくこれだ。
――あまりにも薄すぎる。
十二年前の祭りの写真を見せられたときから、嫌な予感はしていた。
「絶対透けるじゃん…。」
聞くところによると、本来は“裸”で行っていたらしい。
「全裸で百八杯の水かけられるって、拷問じゃないの?」
ぶつぶつと文句を言っていると、衣装担当のおばあさんが笑いながら話しかけてきた。
「今は十二杯でしょ? 私が若かった頃より楽だわ。」
ファッファッファと、どこか誇らしげに笑う。
どうやらおばあさんは、実際に衣装を着た状態で百八杯の水をかけられた経験者らしい。
「当時はどうでした? やっぱり寒かったですか?」
「寒かったしねぇ。今より人がたくさんいたから、恥ずかしかったのよ。」
それは、そうだろう。
私だって恥ずかしい。
今でこそ村には年寄りしか残っていないから、どうにか割り切れているだけで――
「健太にも見られるのか…。」
それだけが、どうしても気がかりだった。
「健ちゃんはいい子だよ? 祭りの準備も積極的に手伝ってくれるからねぇ。」
おばあさんの言葉に、思わず苦笑いしてしまう。
そんなことは、わかってる。
健太は昔から、真面目で気が利く。優しい男の子だった。
だけど――もし相手がどうでもいい人だったなら、来年には村を出てしまうのだから、どうにか恥ずかしさなんて耐えられる。
そうじゃないから、厄介なのだ。
「…まあ、がんばって綺麗な体にしますか。」
ぐぅ、と鳴ったお腹をさすりながら、私は気合いを入れ直した。
冬休みに突入すると、祭りの準備もいよいよ佳境に入ってきた。
そしてその頃から、村にある“異変”が起こり始めていた。
「…なんかさ、人、増えてない?」
健太の隣で、私はぽつりと呟いた。
目に見えて、村に人の姿が増えている。
「ああ、どうやら最後の祭りになりそうだから、村を出て行った人たちが戻ってきてるみたいだよ。」
健太の言う通り、若者の姿はほとんど見かけないが、私たちの親世代くらいの人々が多く戻ってきていた。
家だけは余るほどあるから泊まる場所に困ることはない。
その分、村の中心部は急に賑やかになった。
老人たちは大喜びで、久しぶりに戻ってきた旧住人たちに料理や酒を振る舞っている。
一時的に帰省してきた彼らも、手土産として食料や酒をたっぷり持ち込んできたようで――
夜になると、村のあちこちで宴会のような騒ぎが続いていた。
「私…この人数の前で水垢離するの…?」
さすがにこれは、完全に想定外だった。
年老いた村人たちの前でなら、なんとか割り切れると思っていた。
だが今、目の前にいるのは、若干とはいえ“現役世代”の大人たちだ。
不安が顔に出ていたのだろう。
健太がふと真顔になり、こちらを見つめて言った。
「…無理そうなら村長に相談するぞ? 冷静に考えれば、セクハラみたいな祭りだし。」
まっすぐな目。
本気で心配してくれているのが伝わってくる。
でも――
「ううん、ありがとう。みんなを見ていると、本当に祭りを楽しみにしているみたいだから…私、がんばるよ。」
私は笑顔を作って答えた。
無理にでも、笑顔でいなければ。
――健太を、困らせたくなかった。
ついに、祭りの当日が来てしまった。
昼間の村は、まるでお祭り騒ぎそのものだった。
村の中心では、飲めや歌えの大宴会。
私も巫女として顔を出していた。
「これ食べな」「あれも美味しいよ」
村人たちが、あれこれと食べ物を手渡してくる。
けれど、ここまでダイエットをがんばってきたのだ。
今、食べるわけにはいかない。
巫女がお腹ぽっこりしていたら、見た目が台無しだ。
その横で、健太が黙々と食べてくれている。
渡された料理を、一心不乱に口に運んでいく。
本当に――優しい人だ。
そして、日が落ちてきた。
私の出番も、いよいよ近づいている。
着替えのため、私は六畳ほどの控え室に通された。
裏手にある入り口から入り、正面には障子の扉。
それを開ければ、そこが本番の舞台だ。
巫女の衣装は、下着すら身に着けてはいけない。
私は服を脱ぎ、裸のまま、白装束を身にまとう。
――まるでガーゼのように薄い。
衣装合わせのときから思っていたが、やはり心許ない。
薄暗い場所ならまだしも、強い光が当たれば確実に透けてしまうだろう。
水を浴びたら最後、隠しようなどない。
「もしかして…下、剃っておいた方が良かったのかな…。」
黒々と透けてしまう方がマシなのか。
あるいは、生えていないと思わせる方がマシなのか――
「どっちもどっちだな…。」
もう今さら、どうすることもできない。
私はそっと装束の裾を整えた。
その上から、きらびやかな衣装を身にまとう。
最初の舞の部分では、比較的重装備なので、そこはまだ安心だ。
コンコン――
控えめなノック音が部屋に響いた。
「準備できたかな?」
おばあさんが入ってきた。
「うむ、綺麗じゃ。あとは化粧をして完成じゃな。」
鏡の中の自分を見つめながら、私は小さく息を吸った。
ついに――私の出番が来る。
障子が開き、私の舞が始まった。
練習を重ねてきた成果が出たのか、どうにか大きなミスもなく舞い終えることができた。
舞台の空気が和らぎ、温かい拍手が響く。
その音を背に、私は障子の中へと戻っていった。
――本番は、ここからだ。
舞でかいた汗を、そっと拭う。
その汗でさえ、布越しに透けていないか気になって仕方がない。
このあと、水を浴びるというのに。
「安心しな、さすがに冷たい水はかけないからね。」
控室で待っていたおばあさんが、そう声をかけてくれた。
どうやら湯を混ぜてくれているらしい。
――とはいえ、この冬の寒さでは気休め程度だろう。
けれど、その気遣いがとても嬉しかった。
「ありがとうございます。」
私は深く頭を下げ、再び障子の前に立つ。
舞のときとは違う、張りつめた空気を全身で感じながら――
だが。
手が、動かなかった。
開けようとしたその瞬間、身体が硬直してしまったのだ。
――舞のときに見た、あの人の数。
その前で、肌を晒すなんて。
「…大丈夫か?」
おばあさんの声が、優しく響いた。
「…がんばりたいのですが。」
祭りのしきたりでは、この障子を自分の手で開かなければいけない。
けれど、どうしても手が動かなかった。
「一旦、引きなさい。」
おばあさんがそっと私の肩に触れる。
「私もな、当時、同じことがあったんだよ。時間はある。一度引いて、心を落ち着かせなさい。」
「…はい。」
私は頷き、奥の座布団に正座して、そっと目を閉じた。
正直、心が折れかけていた。
ここまでがんばってきたのに――
何もできずに終わってしまうのか。
どうしよう。
頭の中がぐるぐると回る。
そんなとき、ふと――一人の顔が浮かんだ。
「あの、少しだけ…健太と、二人っきりにしてもらえませんか?」
おばあさんは目を丸くした。
そして、ふっと笑い、ニヤリと口元をゆるめる。
「あの時の私と一緒だな。」
そう言って、おばあさんが部屋を出る。
入れ替わるようにして、健太が静かに入ってきた。
「大丈夫か?」
心配そうな顔。
その顔を見た瞬間、胸が詰まりそうになった。
少しだけ、涙が滲みそうになる。
でも同時に、胸の奥から不思議と勇気が湧いてきた。
「一つだけ…お願いがあるの。」
「俺にできることなら、何でもするよ。」
健太は、迷いなくそう言ってくれた。
わかっていた。
きっと、そう言ってくれるだろうと。
ろうそくの火が、かすかに揺れている。
静まり返った部屋の中で、私は勇気を振り絞って口を開いた。
「私の…裸を見てほしいの。」
誰よりも先に、健太に見てほしかった。
ずっとそばで支えてくれていた、大好きな幼なじみ――健太に。
「…え?」
困惑するのも、当然だった。
「なんで俺に?…いや、違うか。」
健太は何かを考えるように、視線を落とした。
もし、ここで断られてしまったら――
それはそれで、諦めがつくかもしれない。
「変なこと言ってごめんね。」
困らせてしまったと思い、思わずそう言った。
けれど――
「いや…こんな形で、好きな子の裸を見るのは違うなって思っちゃって…。」
…え?
“好きな子”?
その言葉を聞いた瞬間、自分の顔が熱くなるのがわかった。
「俺でよければ、見るよ。…いや、見させてくれ。」
健太は、自分の発言に気づいているのだろうか。
それでもまっすぐな目で、私を見つめていた。
もう、恥ずかしいなんて言っていられなかった。
ここで見せなければ、きっと前には進めない。
私は白装束の前紐に手をかけた。
「…しっかり見てね。」
顔が赤くなっているのは、きっとろうそくの火がごまかしてくれる。
私は、紐をほどき、布をつまんだ。
目をぎゅっとつぶって――
勢いよく、バッと開いた。
空気にさらされる素肌。
そこには、何も隠すものはなかった。
今日のために磨き上げた、私の身体。
それを、まっすぐに健太に見せつけた。
おそるおそる目を開けると、
健太は、真剣なまなざしでこちらを見ていた。
「…綺麗だ。」
その一言で、込み上げてくる羞恥心。
思わず、バッと布を閉じてしまう。
「あ、ありがとうね! これで…行ってこれる!」
「お、おう! がんばれ!」
震える手で紐を結び直し、深呼吸。
障子の方へ向き直る。
「…そこで、待っててほしいかも。」
「わかった。」
その言葉を背に、私は障子に手をかける。
――さっきは動かなかった手が、今度は、すんなりと前へと伸びた。
水をかけられるたびに、ひとつひとつ祈りを捧げる。
それを十二回、繰り返す。
水はぬるめとはいえ、かけられた瞬間に一気に体温が奪われる。
胸の先端が冷え、硬くなっていく感覚がはっきりとわかってしまう。
ふと視線を落とすと、やはり――透けていた。
白装束が肌に張り付き、布の内側の肌色がはっきりと浮かび上がっている。
そして、乳首までもが透けて見えてしまっていた。
――恥ずかしい。
けれど、それ以上に寒い。
凍えるような冷たさが、全身を襲ってくる。
撮影は禁止されている。
だが、村長だけは例外だった。
彼が撮った写真は、後日、村民館に張り出されることになっている。
とはいえ、だからといって胸や股間を手で隠すのは――それこそ“かっこ悪い”。
そう思うしかなかった。
下の毛が透けるのはもう、仕方がないとあきらめた。
せめて、乳首だけはあまりはっきり透けませんように――
そんなことを願いながら、私は次の水を浴びる。
そして――十二回目の水がかけられた。
最後の祈りを、胸の奥から込めて捧げる。
手を合わせ、大きく、深く。
祈りを終えると、私はゆっくりと部屋の中へと戻っていった。
(あ、後ろ向いたら…お尻も見られちゃうのか…。)
今さらながらそんなことに気づいて、少しだけ足取りがぎこちなくなる。
そして、戻った部屋――
開かれた障子の先に、タオルを持った健太の姿が見えた。
その瞬間、思わず――顔がほころんでいる自分に気づいた。
そして私は、彼の胸に向かって思いきり飛び込んだ。
「冷てぇ!」
健太が叫ぶのを無視して、そのまま抱きつく。
とても――暖かかった。
「ちょ、胸当たってるから!」
そんなの、当然だ。
これだけ薄い布一枚なんだから、当たらないほうがおかしい。
「いいじゃない。…暖めてよ。」
にっこりと笑いかけると、健太は「仕方ないな」とでも言いたげな顔で、私の顔を見返してきた。
そして、口を開いた。
「別にいいんだけどさ…まだ障子、開きっぱなしなんだよね。」
「……え?」
そっと――おそるおそる、後ろを振り返る。
「わーっ!」
歓声と拍手が、一斉に上がった。
どうやら――
やってしまったらしい。
エピローグ
私たち二人は、どうやら“村公認”になったようだ。
あの恥ずかしかった祭りも、結果的には――良かったのかもしれない。
そして、村民館に張り出される写真。
やはり、けっこう透けていた。
とはいえ、ある程度の配慮はあったらしい。
胸の先端あたりは、そこまでハッキリとは映っていなかった。
「なるべく透けてないのを選んだんだけど…どうしても下の方がねぇ…。」
村長が、困ったような顔で言っていた。
確認してみると、たしかに――
陰毛の方が、黒々と透けていた。
やっぱり、剃っておいたほうが正解だったのかも。
とはいえ、過去の人たちの写真も同じように下の方は透けていたし、今さら気にしても仕方がない。
「別に良いですよ。展示も正月までですからね。」
下の毛なんて、いくらでも形を変えられる。
お年寄りたちにとっては、最後のサービスってことで。
――まあ、今さら孫みたいな年齢の女の陰毛に興奮する人なんて、いないだろうけど。
健太と付き合うようになってから、いろんなことに寛容になった気がする。
「あ、でもこの写真は貰いますね。」
そう言って、私は一枚の写真を選んだ。
乳首も陰毛も、いちばんハッキリ透けていたやつ。
そして、外で待っていた健太に声をかける。
「お待たせ。これ、あげる。」
さっき受け取った写真を、そのまま手渡す。
「ぶっ!」
健太が思いきり吹き出した。
「私よりちょっと早く村を出るんだから――浮気しちゃダメだよ?」
END


💬 ご意見・ご感想はこちらへ。