「わからない…。」
二十歳を過ぎた今も、私はいまいち売れないアイドルを続けている。
そんな私に、マネージャーがある提案をしてきた。
「生配信、やってみたらどう?」
仕事も減り、目立った活動もない状況で、何もしないよりはいいと思って了承した。
それに少しだけ――本当に少しだけ、配信に興味があったのも事実だ。
でも、ひとつだけ問題がある。
私はとにかくデジタルに弱い。
今の時代にそんな若者がいるのかと驚かれるかもしれないが、仕方ない。
幼い頃から書道、ダンス、水泳などの習い事に打ち込んできた。
親からスマホは渡されていた物の、電話やメール以外で使うことはほぼ無かった。
その結果、電子機器にはすっかりアレルギーのような苦手意識を持ってしまった。
「あんたは、アナログなら一級品なのにね。」
友達にそう呆れられるほどである。
そんな私に、マネージャーがスマホを一台渡してきた。
「これがあれば配信はできるから。」
期待に満ちた笑顔で手渡されたそのスマホ。
それからの数十分、マネージャーは説明を試みてくれたが、私の理解は追いつかず、彼女が帰る頃にはすっかり憔悴しきっていた。
「とりあえず、色々触ってみて。今はまだ仮アカウントだし、配信はプライベート設定のはずだから…」
そう言い残し、疲れ切った顔で帰っていった。
「…ごめんなさい。」
ここまで出来ないとは思っていなかったのだろう。
そして今、私はスマホを手にしたまま、試行錯誤を続けている。
とはいえ、進展はほとんどない。通知のひとつも来ない。
操作にも慣れず、画面に表示されるアイコンが呪文のように見える。
「…お風呂に入って、頭でもさっぱりするか。」
そう呟きながら、私は配信用に借りたスマホをそのまま手に取り、風呂場へと向かった。
湯船に浸かりながら、私はスマホをいじっていた。
「ここを押せば配信できるはずなのに…なんでできないのかな。」
あっちをタップ、こっちをスワイプ。
何度も画面をいじってみるけれど、何も起きない。
動画配信アプリのアイコンを開いてみては閉じ、設定画面もいろいろ見てみたけれど、結局よくわからなかった。
「まぁ、今配信始まっちゃったら困るんだけどね。」
独り言のように笑いながら、私はスマホを見つめる。
言うまでもなく、今の私は全裸だ。
湯気の立ちこめるバスルーム、肩まで湯に浸かりながら、何も身に付けていない状態である。
水着でのグラビア撮影は何度か経験がある。
けれどヌードは一度もやったことがない。
それどころか、自撮りですら肌の露出には気を使ってきた。
画面の操作はまだ全然慣れないけど、こうして色々触ってるだけでもちょっと楽しい。
機械は苦手だけど触って覚えるタイプ。
そう自分に言い聞かせながら、私はそのままスマホをいじり続けていた。
奮闘すること数十分。
画面をタップしては首をかしげ、スワイプしては戻るボタンを押す。
それを何度も繰り返しているうちに、じんわりと汗が額を伝い始めていた。
「…流石にのぼせる…。」
そう呟いて、私はゆっくりと湯船から立ち上がった。
のぼせたというより、ほとんど茹だった感じに近い。
ふと、そこで気がつく。
「あれ? 私、体洗ってないかも。」
普段なら体を洗ってから湯船に入るのが習慣なのに、今日はスマホに気を取られたまま、そのまま湯に浸かってしまっていたようだ。
「まぁ、一人暮らしだからね。」
自分に言い訳をしながら、脱衣所の戸を少しだけ開ける。
そして、片手に持っていたスマホを足拭きマットの上にぽいっと投げた。
その瞬間――
ピロリン
「ん?なんか音したかな?まいいか。早く体洗って寝よう。」
そう言って、私はシャワーを手に取り、まるで銭湯帰りのような手早さで体を洗い流す。
シャワーを止め、体についた水滴を手でざっと払うと、私は再び戸を開けて脱衣所へと出た。
足ふきマットに乗った瞬間、私はスマホの存在に気がついた。
ちょうど足でまたいでしまっている形になっている。
「おっと、あぶない。踏むところだったよ。」
そう口にしながら腰を落とし、足の間からスマホを拾い上げた。
画面を見ると、例の配信アプリが立ち上がっている。
「設定画面のままだった。今日はもうやめて、明日から頑張ろう。」
そうつぶやいて、私はそのままスキンケアを済ませ、寝る準備を始めた。
そのとき、スマホが鳴った。マネージャーからの着信だった。
「もしもし、何かありましたか?」
脳天気に電話を取ると、開口一番、怒鳴り声が飛び込んできた。
「ちょっとあなた何やってるんですか! 今、大変なことになっていますよ?」
何のことだか、まったくわからない。
「明日朝一であなたの家に行きます。説明はそこでしていただきますので。」
そう言い残して、一方的に電話は切られた。
状況がまったく飲み込めないまま、私は布団に入った。
何が起きているのかはわからない。
ただ、どこか落ち着かない気持ちを抱えながら、目を閉じた。
翌朝、約束通りマネージャーがやってきた。
普段は穏やかな表情を崩さない人なのに、今日は無言のまま玄関に立っていた。
その顔には明らかに怒りと困惑がにじんでいる。
「こちらを見てください。」
リビングに通され、無言で差し出されたマネージャーのスマホ。
そこに映し出されたのは、一本の動画だった。
動画は、何かがぽいっと投げ出されたような音と共に始まった。
画面は天井を映している。どこか見覚えのある天井。――脱衣所の天井だった。
続いて浴室の戸が開き、足が出てくる。
画角は変わらないはずなのに、次の瞬間、スマホのカメラははっきりと“それ”を映し出した。
足と足の間にあるもの。つまり、私の局部だった。
「ちょっと! これ私の…!」
反射的に叫んでしまう。
画面に映る右側の小さなホクロ。
時々鏡で確認しているあの位置。間違いなく私自身だった。
そのまましゃがみ込む動作が入り、唇が開かれていく。
さらに奥のほう、肛門までもが、湯上がりで色の濃くなった肌と共に鮮明に映し出されていた。
「え? え? どういうことですか? なにこれ…?」
信じられず、私はマネージャーの顔を交互に見た。
画面は私の局部を間近で映したまま静止し、ぴたりと動かなくなる。
その状態が、約1分ほど続いたのち、動画は唐突に終了した。
「…あなた、いったい何をやっているんですか?」
マネージャーの声が低く重い。完全に怒っている。
「わたし、全然…配信できてなかったはずなのに…」
まったく意味がわからなかった。
設定画面のままだと思っていた。そもそも“開始”ボタンも押していない。
なのに、なぜ。
「生配信を勧めたのは私ですが、こんな内容の配信が許されると思いますか?」
責められて当然だった。
でも、そんなつもりじゃなかったのだ。本当に。
恥ずかしさもあったが、それよりも申し訳なさと情けなさが胸を締めつけた。
「この配信サイトはアダルト禁止なので、たぶん肌色が画面に映った瞬間、強制的に中止されたんでしょう。」
マネージャーはそう言いながら、自分のスマホを操作して見せてくる。
「そのせいで、あなたの性器が映った状態で画面が固まってしまったみたいです。」
なるほど…最後のあの静止画のような状態は、そういうことだったのか。
「私のスマホでは配信を録画する設定にしていたので、この動画が残ってしまったんです。」
そう説明しながら、マネージャーは言葉を区切った。
一拍置いて、続く言葉はさらに重かった。
「問題は、配信設定が“プライベート”ではなく、“公開”になっていたということです。」
「……え?」
思わず声が漏れた。
それってつまり――誰かが、これを見ていた?
「何度も確認しましたが、顔は一切映っていませんでした。天井と下半身だけです。恐らく特定はできないでしょう。ですが…」
「…まさか、見られて…?」
「おそらく、20人ほどには視聴されていたと思います。アカウントはすぐに削除しましたので、これ以上広がることはないはずです。」
20人。
その数字が、頭の中で何度も反響した。
「あなたの配信用のスマホは回収します。今後の配信は、私が一緒にいるときだけにしてください。」
少しだけ語気が和らいだ。
けれど、私の気持ちはどこにも行き場がなく、ずっと下を向いたままだった。
「とにかく、今回の件は反省してください。そして、絶対に誰にも話さないでください。特定されるリスクは消しきれていません。画像や録画を保存している人がいないことを祈るしかありません。」
それ以上、言葉は続かなかった。
私はただ、うなずくことしかできなかった。
同時視聴数は、およそ20人程度だったはずの配信。
しかし、浴室の天井がただ映され続けるだけの、その異様な配信を録画していた人物がいた。
数日後、その動画は海外の無名な動画サイトにアップロードされ、やがて某巨大掲示板に晒された。
「これ、誰か特定できる?」
スレッドは立ち上がり、投稿が次々と書き込まれていった。
- これはヤバい…形がエロすぎる
- この蕾の形、AV女優の誰かっぽいな。ワレメの右にあるホクロが近いやついたぞ
- クリちょっと出てんの最高。しゃがんでるとこだから自然な開き方しててマジで抜ける
- この張り感、10代じゃねーな。20代前半くらい?
- これ、ほんとにプライベート垢?ってことはマジで本人ミス?こわ…でもありがてぇ
- 保存した。続報頼む
- これ映ってるの本人の意識ないだろ。てかこれで特定されたら詰むぞ
AV女優から始まり、水着姿で活動していた有名無名アイドルたちも片っ端から候補として挙げられ、比べられた。
グラビアの一コマごとにホクロや体の陰影が検証されていく。
しかし、確定に至るだけの情報はどこにもなかった。
それでも、彼女の局部は各所で切り取られ、貼られ、語られ続けた。
どれだけ否定しようと、そこに映っていたものが現実であることに変わりはなかった。
シャワーを浴びたあと、なんとなくスマホを手に取り、あの動画を再生した。
湯気のなか、天井。そして脚のあいだから覗く、自分の下半身。
思わず喉が鳴った。
(……あの時の、私。)
視線を逸らすつもりが、なぜか画面から目を離せなかった。
右側の小さなホクロ。湯に濡れた肌。しゃがんだ瞬間に少しだけ見えてしまったもの。
「……っ」
気づけば、手が自然に太もものあいだへと伸びていた。
指先が触れたところは、すでに驚くほど濡れていた。
静かな部屋。
シャッと指先が肌をなぞる音だけが、やけに大きく聞こえた。
誰にも知られていないはずなのに、どこかで誰かに見られているような気がして、鼓動が早まる。
クリの上をなぞると、ふわっと頭が白くなるような感覚が走った。
「……あ……」
腰が浮き、足の指先に力が入る。
「いく……」
ぽつりと漏れたその言葉のあと、体が一度大きく震えた。
静かな天井を見つめたまま、私は深く息を吐いた。
(……バレてない。バレてない……はず。)
そう思いながら、指先に残った自分の熱をタオルで拭い、スマホを伏せた。
もう、忘れよう。
そう何度も言い聞かせながら、心の奥には妙な火種が残ったままだった。
エピローグ
あの動画のことは、今も完全には忘れられていない。
でも、いつまでも怯えてばかりじゃ、前には進めない。
マネージャーには何も言っていない。
配信用のスマホは回収されたままだし、もう一人で何かをすることはない。
だけど、なぜか仕事が増えてきた。
小さなイベントや撮影、地方での営業仕事――確実に前よりも忙しくなっている。
理由はわからない。
でも、自分の中で何かが変わったのは確かだった。
姿勢を正すことが増えたし、メイクにも時間をかけるようになった。
自信なんてまだない。だけど、あの時のことを思い出すたびに、背筋が伸びる。
今でも思い出すと、少しだけ恥ずかしくなる。
でも、もう否定はしない。
あれも自分。そう思えるようになった。
だから今日も、鏡の前で笑顔を作る。
カメラが向けられても、堂々としていたい。
「よし。」
小さく声に出して、ステージへ向かった。


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