「ああ、疲れた…。」
今日の部活は、まるで集中力を欠いていた。
大会が近いこともあり、部内の空気はぴりぴりと張り詰めていた。そんな中で、俺はミスを連発してしまった。
「レギュラーに選ばれてその体たらくは、補欠に示しがつかんぞ。」
監督の言葉が、いまだに耳に残っている。
悔しさと情けなさでいっぱいになり、自分への戒めも込めて申し出た。
「今日は俺が後片付けしますので、みんな先に帰ってください。」
マネージャーが「手伝おうか?」と声をかけてくれたが、丁寧に断った。
そうして部員たちが帰ったあと、ひとりで用具の片付けを済ませ、グラウンドの整備までやりきった。
今日は早く上がれるはずだった。
それなのに、気づけば夕日がグラウンドを真っ赤に染めている。
「思ったより時間かかったな…。早く帰ろう。」
部室に戻って荷物をまとめようとしたところで、ふと今日のことを思い出した。
「そうだ、今日は制服…クラスで着替えてきたんだった。」
ついていない日だ。
部室に忘れ物がないかざっと確認し、鍵をかけると足早に教室へと向かう。
人気のない廊下を歩き、いくつかのクラスの前を通る。
校舎には、もう生徒の気配はなかった。
自分の教室の前に立ち、勢いよくドアを開けた――。
時間が、止まったような感覚があった。
誰もいないはずの教室。
だがそこには、ひとりの女子生徒がいた。
脱ぎかけた競泳水着。
夕日が差し込み、その肌をやわらかく照らしている。
白く整った胸が目に飛び込み、頭が真っ白になる。
目が合った。
そして、時間が動き出す。
「ご、ごめん! 人がいるとは思わなくて!」
慌ててドアを閉め、廊下に飛び出した。
心臓の鼓動が耳の奥で響く。冷や汗が背中を伝う。
――あれは、橘さんだった。
物静かで、いつも文庫本を読んでいるような子。
決して目立たないが、男子の間ではひそかに人気がある。
たしか、水泳部だったはずだ。
とはいえ、うちの水泳部は男女完全分離の上、しっかりした更衣室もある。
わざわざ教室で着替える理由なんて、あるはずがない。
なぜ、あんな姿で――?
混乱する頭を抱えながら立ち尽くしていると、教室の中から微かなすすり泣きが聞こえた。
間違いなく、橘さんの声だ。
全身から血の気が引く。
自分のせいだ。彼女を傷つけてしまった――。
「……あの、橘さん。中に入っても、いいかな?」
ドアの前に立ち、そっとノックをして声をかける。
しばらくの沈黙のあと、か細い声が返ってきた。
「……どうぞ。」
蚊の鳴くような声だった。
息をのむように静かに取っ手に手をかけ、俺はゆっくりとドアを開けた――。
水着を着直した橘さんは、教室の隅で膝を抱え、静かに泣いていた。
その姿を見た瞬間、俺は咄嗟に地面に頭をつけていた。
「ごめんなさい!本当に、こんな時間に誰かいるなんて思わなかったんだ!わざとじゃないんだ!」
必死に、誠心誠意、謝る。
橘さんはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと口を開いた。
「…違うの。ここで着替えてた私が悪かったの。でも……初めて見られちゃったと思ったら、涙が止まらなくて……。」
優しい子なのだと思った。
間違いなく悪いのは俺なのに、自分を責めようとしている。
「いや、理由はどうあれ、悪いのは俺だよ。どんな罰でも受ける。」
俺は土下座の姿勢を崩さず、そう伝えた。
教室に、静かな時間が流れる。
だがやがて、橘さんの声が返ってくる。
「……どんな罰でも?」
その声は、もう泣いていなかった。
「ああ。許してほしいとは言わない。でも、橘さんの心の傷が少しでも癒えるなら……俺にできることなら、なんでもする。」
そのとき、橘さんが言った。
「藤井くん、顔を上げて。」
おそるおそる顔を上げると、そこには涙の跡を残した橘さんの顔があった。
まだ不安げではあるけれど、ほんの少しだけ、微笑んでいるようにも見えた。
作り笑顔かもしれない。
それでも――少しだけ救われたような気がした。
「私ね……男の子に、おっぱい見られたの、初めてだったの。」
ぽつりと、橘さんが口を開いた。
その言葉の響きに、少しだけどぎまぎする。
まさか、橘さんの口から“おっぱい”なんて言葉を聞くとは――内緒だが、正直ちょっとドキッとした。
「だからね、藤井くんも――見せて?」
……え?
今、なんて?
“藤井くんも見せて”って、俺のこと……だよな?
「えっと……橘さん?」
思わず聞き返してしまう。
あのいつも清楚で本を読んでいるような橘さんからそんな言葉が飛び出すなんて、想像もしていなかった。
「私、すっごく恥ずかしかったんだよ?藤井君も同じ目に遭ってはじめて対等だと思うの。」
夕日が差し込む教室。
その光のせいか、橘さんの頬も少し赤らんで見えた。
(……もしかして、橘さんも、こういうことに興味があるのか?)
一瞬よぎったそんな考えを打ち消して、俺はうなずいた。
「わかった。橘さんがそれで気が済むなら……俺も、文字通り一肌脱ぐよ。男に二言はないから。」
そう言った瞬間、橘さんの顔がぱっと明るくなる。
さっきまで泣いていたとは思えないほどの、無邪気な笑顔だった。
……いや、もしかして橘さん、案外むっつりなのか……?
そんな考えが、頭の隅をよぎった。
意を決して、俺はシャツの裾に手をかけた。
視線を感じて顔を上げると、橘さんがじっとこちらを見つめている。
――こんなにも、服を脱ぐという行為が恥ずかしいなんて。
「……どうしたの?」
橘さんが、無邪気な笑顔でそう聞いてくる。
その顔を見て、改めて思う。
――やっぱり、かわいい。
「ちょっと待って。俺だって、女の子に見られるのは初めてなんだ。心の準備ってもんがあるだろ。」
言い訳がましいことを言うと、橘さんは少し頬をゆるめて答えた。
「ふーん、そうなんだ。」
どこか、少し嬉しそうな顔だった。
だが――わかっている。
時間をかければかけるほど、余計に恥ずかしくなる。
このままでは自分の首を絞めるだけだ。
「……よし。」
気合を入れて、シャツを一気に脱ぎ捨てる。
「おー、腹筋割れてるね〜。」
感心したように橘さんが声をあげる。
それもそのはず。
これでも一応、強豪校のレギュラーだ。上半身には、少しだけ自信がある。
――上半身は、だが。
「うん、じゃあ……次は、下だね。」
橘さんがあっさりと言った。
やはり、上だけで終わるはずがないか――。
心の中で小さくため息をついた。
「あのさ……やっぱり、下も脱がなきゃダメ?」
一応、聞いてみた。
少しでも希望を持って。
けれど――
「男の子のおっぱいと、女の子のおっぱいが同じ価値だと思うなら、そこでやめてもいいよ。」
橘さんは、いたずらっぽい笑みを浮かべながらそう言った。
(……清楚だと思ってたけど、案外小悪魔じゃんか。)
そんなことを言われてしまっては、上だけで終われるわけがない。
「……わかったよ。でも、見たことは内緒にしてくれよ?」
そう伝えると、橘さんは少し呆れたように笑った。
「言うわけないよ。私のこと、変な子だって思われちゃうから。」
たしかに、それはそうだ。
俺だって「橘さんのおっぱい見ちゃった」なんて口にすれば、女子から袋叩きに遭うのは目に見えている。
――これは、ふたりだけの秘密だ。
そう思うと、不思議と心が少しだけ軽くなった。
だらだらしていても仕方がない。
俺は意を決して、ズボンを一気に下ろした。
とはいえ、まだパンツは残っている。
濃いめのボクサーパンツ――汚れていないといいが、と内心で願う。
「きゃっ!」
橘さんが小さく声を上げ、両手で顔を覆った。
だがその指の隙間からは、しっかりと視線を送っている。
「……あの、別にこっちも覚悟決めてるし。普通に見てくれていいよ?」
そう言うと、橘さんは少しだけ戸惑いながら、そっと手を下ろした。
「男の子のパンツって、こんな感じなんだね。私、男兄弟がいないから……初めて見たよ。」
たしかに、学校の着替えは男女きっちり分かれている。
異性の下着なんて、なかなか見る機会はないだろう。
――だとするとやっぱり教室で着替えてた理由は謎のままだが。
……まぁ、俺も制服を教室に忘れてたわけだし、お互い様か。
「もう……これで十分、だろ?」
恥ずかしさに耐えきれず、そう言いかけたところで。
「ん~? ここまできたら……最後まで、いっちゃおうよ。」
橘さんが、まるで無邪気な子どもみたいな笑顔で、とんでもないことを口にする。
(……マジかよ。)
もう、逃げられそうにない。
「……わかったよ。でも、がっかりするなよ?」
そう前置きしてから橘さんを見ると、きょとんとした目でこちらを見ていた。
上半身は、部活で鍛えてきた自信がある。
けれど、下半身は――そうはいかない。
「……一応、聞いておくけどさ。男の、ここ……見たことある?」
下半身を指さしながら、俺は恐る恐る尋ねた。
すると、橘さんは顔を真っ赤にしながら即答した。
「あ、あるわけないよっ! 変態!」
……これから見ようとしてる本人に、変態呼ばわりされるとは。
まあ、見たことがないってことは、比較される心配はない。そこだけは救いか。
「よし……じゃあ、いくよ。頼むから、笑ったりしないでくれよ……。」
そう言って、ゆっくりとパンツに手をかけた。
目をつぶったまま、意を決してそれを下ろしていく。
外気に触れる感覚。
プルン――と、小さな感触があって、開放されたことを実感する。
――そして、教室に静寂が訪れた。
無言のまま数秒が過ぎ、そっと目を開けると――
橘さんが、目をまんまるにして俺のそれを見ていた。
「あ、あの……橘さん?」
声をかけると、彼女はハッとしたように表情を変え、両手で顔を覆った。
(……いや、もう遅いだろ。)
「ご、ごめんね……。びっくりして、つい見入っちゃって……。」
えへへ、と照れくさそうに笑いながら、橘さんはちらりと俺の顔を見てきた。
「でも、はじめて男の子のおちんちん見たよ。もっと怖いものだと思ってたけど……意外とかわいいんだね。」
うぐっ……!
そう、それが俺のコンプレックスだ。
部活の合宿では、嫌というほど思い知らされた。
連中は何も言わなかったが、たぶん俺のを見て安心したやつもいたはずだ。
小さくて、皮がしっかり被っている。
どれだけ鍛えても上半身のようには変わらない、それが俺のアキレス腱だった。
「……恥ずかしいけど、はっきり言うよ。俺のは、小さめなんだ。がっかりしただろ。」
“小さい”ではなく“小さめ”。
それが、俺の残されたわずかなプライドだった。
「が、がっかりって……。他を見たことないから、大きさなんてわからないよ。でも、本当にかわいいと思うよ。」
……くっ。
女の子は、あっさりと“かわいい”と言ってくる。
だが、それがどれだけ男のプライドを抉るかなんて、たぶん知らない。
「でもさ……昔見たお父さんのとは、違うね。つるんってしてる。」
なるほど、橘さんのお父さんは剥けていたんだろう。
対して、俺のは皮が余り気味な仮性包茎だ。
「……ほんとに、内緒にしてくれよ。まだ……剥けてないんだ。」
「え? おちんちんって剥けるの?」
――しまった。
包茎の知識はなかったのか。
「ねえ、ねえ、ほんとに? 剥けるの? 痛くないの?」
完全に好奇心に火がついてしまったらしい。
橘さんの目が、キラキラと輝いている。
(……やっぱりこの子、どこかちょっと変態なのでは。)
「ああ……剥けるよ。」
そう言って、指先でつるんと皮を後ろへ滑らせた。
橘さんの目の前に、ピンク色の亀頭が露わになる。
瞬間、彼女は思わず声を上げた。
「うわっ、痛そう!大丈夫なの?」
その顔は本気で心配している様子だった。
俺はもう、なにもかも諦めた。
「ああ、大丈夫。別に痛くはないよ。ただ……ちょっと敏感なだけ。」
橘さんは「ほぉ〜……」という表情で、それをじっと見つめている。
「ね、ねえ……私が剥いちゃ……だめ、だよね。さすがに……ダメか。」
最後は声が小さくなって、ほとんど聞き取れなかった。
でも、はっきりと“お願い”の気配があった。
……かわいい子が、俺のそれに触れようとしている。
羞恥はもちろんある。けれど――
それ以上に、好奇心が勝っていた。
「……いいけど、汚いぞ?」
「え? いいの? 別に汚いなんて思わないよ。」
そう言いながら、橘さんはおそるおそる手を伸ばしてきた。
そして――
彼女の指先が、俺のそれにふれた。
ビクッ――!
一瞬、電撃が走るような感覚に襲われて、思わず体が跳ねる。
「きゃっ!」
驚いたのか、橘さんはすぐに指を離した。
「ご、ごめん! 女の子に触られるの、初めてだから……変な反応しちゃった!」
そう謝ると、橘さんはもう一度、ゆっくりと手を伸ばしてきた。
そして――
ついに、その指で、つるんと剥いた。
その瞬間、少しだけ冷静になってしまった自分がいた。
かわいい女の子に触られ、剥かれ、晒される亀頭。
しかも、その女の子は競泳水着姿。
この倒錯した世界観に、思春期の俺が耐えられるはずもなかった。
「え? え? どうしたの?」
橘さんの手の中で、それはみるみるうちに大きくなっていった。
止まってくれと願っても、息子は言うことを聞いてくれない。
「うわ、さっきまでふにゃふにゃだったのに……カチカチだ。」
橘さんは驚きながらも、遠慮なく触り続けている。
……なんだか、さっきより手つきが大胆になっている気がする。
「あ、あの、橘さん?」
そう声をかけると、彼女ははっとして手を放した。
「あ、あはは! ごめんね! びっくりしちゃって! でも……すごいね!」
手は離れたままだが、目はしっかりとそこに注がれている。
競泳水着姿の女の子の前で、反応したそれを晒している。
こんなシチュエーションなんて、もう二度と訪れないだろう。
そんなことを思いながら、俺は橘さんの無邪気な顔を見つめていた。
「こんなに堅いけど、大丈夫なの? 男の子って……けっこう大変なんだね。」
橘さんが、そう言いながらそっと触れてくる。
思わず息をのんだ。
「いや、その……あんまりさすると、ちょっとまずいかも。いや、そうすれば小さくなるんだけど……。」
自分でも何を言っているのか分からない。
ただ、伝えなきゃと思って口が動いた。
正直――気持ちがいい。
いや、良すぎる。
「え? こうすると小さくなるの? へんなの。」
橘さんが不思議そうに言って、もう片方の手を添える。
指先が、やわらかく包み込んでくる。
その瞬間、全身がびくりと震えた。
思わず息が漏れる。
橘さんの手が、やさしく動いた。
「小さくなーれ、小さくなーれ。」
冗談めかしてそうつぶやく声が、やけに近くに感じる。
競泳水着の少女が、真っすぐに俺を見つめている。
そんな光景に、心も身体もどうしようもなく熱くなる。
「……あ。」
短い声が漏れ、視界がにじんだ。
次の瞬間、世界がふっと静まり返った。
張り詰めていたものが、一気にほどけていく。
呼吸が浅くなり、意識の奥が真っ白に染まる。
ただ、その一瞬だけは何も考えられなかった。
「……うわぁ……。」
橘さんの声に、ハッと我に返る。
慌てて目をやると――やってしまった。
橘さんの黒い競泳水着に、ところどころ白く濁った跡が広がっている。
「ご、ごめん!」
反射的に手元のタオルを掴み、汚れた部分を拭こうと身を乗り出した。
……そのとき。
ふにゃ――。
タオル越しに、何かとても柔らかくて、温かくて……大きなものに触れた。
思考が止まった。
時も止まった。
静寂の中で、橘さんの顔を見ることはできなかった。
けれど――そのあと俺が、
静かに、しかし全力で土下座をしたことは、言うまでもなかった。
エピローグ
橘さんは、笑って許してくれた。
「私のほうが、謝らなきゃいけないこと……しちゃったと思うから。」
そんなことを、照れくさそうに言っていた。
あの日以来、橘さんとの距離は急速に縮まった。
休み時間ごとに、教室のどこかでふたりは話すようになった。
一部の男子から睨まれているのは気づいている。
でも――そんなことは、どうでもいい。
共通の秘密。
それが、確かに俺たちをつないでいる。
不調だった部活も、嘘のように好調になった。
大会では次々と勝ち進んでいる。
応援席には、いつも橘さんの姿がある。
試合前、俺にだけ小さく手を振ってくれる。
――この大会が終わったら、気持ちを伝えよう。
大丈夫。
結果がどうであっても、前を向いていける。
そんな気がしていた。
END


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