【前作、葵の秘境レポートはこちらから↓】

番組のレポーターの仕事を終え、帰り支度を済ませた私は楽屋のドアに手をかけた。
あの『裸族への突撃取材』という体を張ったロケ以来、ありがたいことにレポーターの仕事が少しずつ舞い込むようになってきている。
どうやら私の体当たりな姿勢がウケているらしく、現場スタッフからの評判も上々だ。
あの時は死ぬほど恥ずかしかったけれど、結果的にやってよかったなと内心ホクホクしていた。
ちなみに、私のあの”恥ずかしいシーン”を撮ったスタッフの目星はついている。
だが、あまりにも駆け出しの下っ端すぎて今詰めても意味がないとの判断で泳がせている。
いずれ彼が出世した暁には、私に美味しい仕事のひとつでも振ってくれることだろう。
もし出世しても恩恵をもたらさないようなら、その時は容赦なく詰めるつもりだ。
とはいえ、わざわざ私にマスターテープを送ってきたのだから、彼なりに罪悪感はあるらしい。
きっと悪いようにはしないはずだ。
そんな打算的なことを考えながら、帰宅しようと楽屋のドアを開けた瞬間――そこには、満面の笑みを浮かべた見覚えのある男性が立っていた。
私は、無言でそっと扉を閉めた。
「ちょっとちょっと! 葵ちゃん、そりゃないんじゃないかな! 開けてよ!」
ドンドンと遠慮なく扉が叩かれる。
私は深いため息を一つ吐き出し、再びそっと扉を開けた。
「……なんなんですか? ここは女性専用の楽屋なんですから、男性は立ち入り禁止ですよ。」
そこに立っていたのは、私をあの裸族ロケへと引きずり込んだ張本人であるディレクターだった。
まあ、なんだかんだと途切れず仕事をくれるので、彼自身を嫌っているわけではない。
ただ、その”満面の笑み”からは嫌な予感しかしないのだ。
「もう葵ちゃんがこの楽屋のラストだってのは分かってるよ。この部屋、あと30分くらい使わせてもらえるように話つけてあるからさ。少し話そうよ。」
そう言うなり、彼はズカズカと遠慮なく楽屋に入ってきた。
片付けをしていたマネージャーも、急な訪問者に目を丸くしている。
本当に完全アポ無しで突撃してきたらしい。
この図太い行動力は、私も少しくらい見習うべきなのだろうか。
「お、吉田ちゃん久しぶり。いやあ、今日は暑いねー。俺は冷たいアイスコーヒーで良いからね。」
そう言いながら、彼はマネちゃんにお金を押し付けた。
「あ、はい! すぐに買ってきます。葵ちゃんもアイスコーヒーで良いかな?」
「……甘いやつでお願いします。」
……前言撤回。やっぱりこんな大人を見習ってはいけない。
結局、マネちゃんはパシリに出され、楽屋は私とディレクターの二人きりになってしまった。
「いやいや、最近葵ちゃん、テレビでよく見るようになったね。」
「おかげさまで。ありがとうございます。」
「でさ、そんな大活躍の葵ちゃんに、また俺の番組のレポーターとして同行してもらいたいんだよね。」
嫌な予感の正体はこれか。 ごく普通の仕事なら大歓迎なのだが、相手が相手だ。
「……また、裸族ですか?」
私は警戒心むき出しの声で尋ねた。
「そんな怖い顔しないでよ。今回はあんな秘境なんかじゃなくて、なんとヨーロッパだよ!」
『ヨーロッパ』という甘美な響きに、私の肩がピクリと反応した。
一度でいいから行ってみたいと憧れていたヨーロッパ。
そこに仕事で行けるなんて、控えめに言って最高じゃないか。
「現地のお祭りに参加してレポートしてもらうんだけど、前日と翌日は自由に観光していいからさ。」
なんとも魅力的すぎるオファーだ。
そのよく分からない祭りさえ頑張れば、ヨーロッパ観光がタダでできるなんて嬉しすぎる。
だが、あまりにも話が美味しすぎる。
絶対に何か裏があるはずだ……。
私が再びジト目で警戒を強めたのを察し、ディレクターはすかさず二の矢を放ってきた。
「葵ちゃん、何か希望はないかな? 行きたいところとか、見たいものがあれば観光コースに組み込んであげるよ。」
その悪魔の囁きに、ついつい私の長年の夢が口から漏れ出てしまった。
「本場の……オペラが、見たいです……」
私は……弱い……。
結局、戻ってきたマネちゃんを交えた打ち合わせで、なし崩し的にその仕事を受けることが決まってしまった。
肝心の「一体なんの祭りなのか」については何度聞いても「当日のお楽しみ!」の一点張りで教えてもらえなかった。
まぁ、さすがにヨーロッパだし、あんな秘境の時みたいな変な感じではないだろう。
……ない、よね?
あのディレクターの満面の笑みが脳裏に浮かぶたび、得体の知れない不安が私の胸を掻きむしっていた。
あの秘境ロケの悪夢とは比べ物にならないほど快適なフライトで現地に到着した私は、初日からヨーロッパのエキゾチックな街並みを存分に満喫していた。
ちなみに、楽しみにしていた本場のオペラ鑑賞は「お祭りのロケが上手くいった時のご褒美」とのこと。
露骨な人質作戦だが、背に腹は代えられない。
絶対にロケを成功させて、なんとしてもオペラを観て帰るんだ。
そんな強い決意を胸に、その晩はベッドに潜り込んだ。
翌朝。空がまだ薄暗い早朝から、私は送迎車へと押し込まれた。
「葵ちゃんは目的地まで寝てていいからね。しっかり体力を温存しておいて。」
その言葉に一抹の不安を覚えつつも、お言葉に甘えてぐっすり寝かせてもらった。
ここまで来たらなるようにしかならない。
――次に目が覚めた時、車の外からは「ガヤガヤ」と大勢の賑やかな歓声が聞こえていた。
眠気眼のまま窓の外を覗き込むと、そこには祭りの熱気に包まれた大勢の人々が楽しそうに行き交っていた。
「……これがお祭りかぁ。」
ボソッと呟いて体を起こすと、私が目を覚ましたのに気づいたマネちゃんが、淹れたての温かいコーヒーを手渡してくれた。
ちょうど起こそうとしてくれていたらしい。
「これなんの祭りなんですかね。ずっと気になっているんだけど、だれも教えてくれないし。」
温かいコーヒーを一口啜りながら、改めて車の窓から周りの景色を見渡してみる。
視界の先には、どこまでも透き通った真っ青で美しい海が広がっていた。
そして何より異様なのは、行き交う人々がみんな水着姿だということだ。
(確かに『水着を持ってきて』とは言われていたけど……海辺どころか、街中を歩いている人まで全員水着なの?)
ヨーロッパの開放的な文化なのか、それともこの祭りの特性なのか。
少し不思議な違和感を覚えていると、車のドアがバタンと開き、ディレクターが楽しそうに顔を覗かせてきた。
「お、葵ちゃん目が覚めたか。せっかくだしみんなで水着に着替えて少し街を歩こうか。」
ディレクターが楽しそうに話しかけてきた。
まぁ、外は暑そうだしみんな水着だし、そう言ったこともありか。
「あ、でももちろん、歩いてる様子はカメラで撮影させてもらうからね?」
でしょうね。
昨日の観光も結構カメラ回していたしね。
「……着替えは撮らないでくださいよ?」
ビキニにショートパンツという、健康的ながら露出度の高い格好で街を歩くことになった。
……そして、ここで予期せぬ問題が発生した。
着替えを終えたマネちゃんが、あろうことか私を遥かに上回る見事なプロポーションの持ち主だったのだ。
なぜか水着に着替えただけなのに、私は敗北感で打ちのめされそうになっていた。
「僕は葵ちゃんの方がいいと思いますよ!」
スタッフの一人が、フォローを入れてくれた。
「……ありがとうございます。」
思わずやけ食いでもしてやろうかと思ったが、これから水着姿でカメラに撮られるのにお腹が出るのは非情にマズい。
結局、私は心の中でマネちゃんの豊満なおっぱいにひたすら呪詛を送り続けることしかできなかった。
そんな私のドロドロした思考を知ってか知らずか、ディレクターが楽しそうに石畳の道を指さした。
「ところで葵ちゃん。今歩いているこの石畳なんだけどさ、ここを歩いてもらうのが今回の祭りのメインなんだよね。」
何を言っているんだろう。今歩いているというのに。
「ここを大勢でパレードするんだよ。葵ちゃんもその一員としてエントリーしてあるからね!」
「ああ、なるほどです。」
つまり、パレードに参加してリポートすればいいのだろうか。
特別な衣装でも着るのかな?
疑問は尽きないが、肝心な核心部分については相変わらず一切教えてもらえない。
「というか、私みたいな外国人が参加しても大丈夫なんですか?」
「うん。どうやらこの綺麗な海を称えるためのお祭りらしくてさ。『母なる海はすべてを受け入れてくれる』らしいよ。」
……そうか、海はこんなにも広いということか。それに引き換え私の心の狭さたるや。
なんだか急に自分が情けなくなってきたので、マネちゃんのおっぱいにかけていた呪詛は取り消してあげることにした。
「海に感謝するんだな。」
「えっ? 葵ちゃん、急になに……?」
唐突に意味不明なことを言われて困惑するマネちゃんを置いたまま、私は通りに並ぶ露店を軽く見て回った。
そして、石畳のゴール地点にあたる大きな建物の前へと到着した。
「ここが葵ちゃんに変身してもらう場所だよ。」
見上げると長めの階段が伸びており、建物の内部がどうなっているのか外からは伺い知れない。
「ここから先は男子禁制なんだ。悪いんだけど、葵ちゃんは吉田ちゃんと二人で行ってきてくれるかな。」
「通訳は任せてね、葵ちゃん!」
ディレクターに促され、私はマネちゃんと一緒に階段を上り始めた。
それにしても……男子禁制、か。なんだか嫌な胸騒ぎがする。
それにマネちゃんの表情を見ると、彼女はどうやらこれから何が行われるか知っている節があった。
(男子禁制って……一体なにをするの……?)
階段を上り切り、開けた空間を見た瞬間――私は絶句し、目を見開いた。
そこに広範囲にわたって広がっていたのは、全裸の女性たちの姿だった。
いや、ただの全裸ではない。
全裸の女性たちに、アーティストたちがペタペタと何かを塗りたくっているのだ。
「ま、マネちゃん……これって……」
「うん、ボディペイントだよ!」
……ハメられた。
秘境の裸族じゃないにしても、露出度という意味じゃ何一つ変わらないじゃないか!
なんであのディレクターは、こうも私を脱がせたがるんだ……!?
「……マネちゃん、一旦下に戻りましょう。場合によっては、あのディレクターを殴ります。」
「だよね。あはは……」
階段を降りると、ディレクターが道のど真ん中で腕を組んで待っていた。
私が引き返してくることを完全に確信していた顔だ。
「ちょっと、これ何なんですか!? 裸族じゃないにしても酷すぎるじゃないですか!」
「黙っていたのはすまないと思っている。だがね葵ちゃん、このお祭りを撮影するためには、葵ちゃんがどうしても必要だったんだよ!」
どういうことなのだろうか。どうせ碌でもない理由に決まっている。
「実はこの祭りさ、番組の撮影クルーが入るには『参加者』が一人以上エントリーしていないと撮影許可が下りないんだよ。」
……つまり、撮影許可を取るためだけに私を人柱にしたということか。
「歯、食いしばってもらえます?」
私は握力の限界まで右手をグーに固く固く握りしめた。
人を殴ったことなんて一度もないけれど、今この瞬間だけは神様も許してくれるはずだ。
「わー! ちょっと待って! 葵ちゃんにもすごく良い話があるから! まずは話を聞いて!」
「……オペラ鑑賞のチケットだけじゃ、到底つり合いが取れませんからね?」
私は振り上げた拳をすんでのところで止めた。
いつでも顔面に叩き込めるよう、固く握ったまま構えを維持する。
「こ、怖いなぁ……。えっとね、葵ちゃん。レポーターが世界各国に行ってクイズを出題する、あの有名な番組知ってるでしょ?」
知らないはずがなかった。
私が子供の頃からずっと憧れて見ていた、あの長寿番組だ。
「あのレポーター枠にね、葵ちゃんを推薦しようと思っているんだ。」
「……本当ですか!?」
思わず拳の力がゆるむ。
それは、私にとって喉から手が出るほど欲しいビッグチャンスだ。
「正直なことを言えばね、この祭りに参加しなくても推薦する気ではいたんだよ。でもさ、ここで身体を張っておけば上層部への本気度のアピールになるでしょ?」
「最初からそう言ってくれれば良いじゃないですか。」
ディレクターは少しホッとした表情をしている。
「それで、参加してくれる? 裸とは言っても、ペイントするから全部見えちゃうわけじゃないし……やってみない?」
また深いため息を吐き出す。
「一応言っておくけど、俺が推薦したからって確定ってわけじゃないからね。脱ぎ損の可能性も十分にあるから。」
それはそうだろう。
でも、この祭りに参加することで選ばれる可能性が上がるのならば、やらないという選択肢はない。
「……わかりました。やります。でも放送するときは、しっかりボカシを入れてくださいね。」
少しだけ前向きになったものの、さっきより重い足取りで再び階段を上り始めた。
「葵ちゃん! 頑張ろうね!」
後ろから能天気に応援してくるマネちゃんに向けて、私は心の中で再び呪詛をかけておいた。
階段を上り切ると、再び視界一面に女性たちの全裸が飛び込んできた。
あの中に私も混ざるのか……。
やはり人前で服を脱ぐのにはどうしても抵抗がある。
「えっとねー。あ! あの人だよ、葵ちゃんにペイントしてくれるの!」
マネちゃんが指さした先には、こちらに向かってにこやかに手を振る一人の白人女性がいた。
モデルのようにスタイルが良く、かなりの美人だ。
こんなに綺麗な人なら、自分でペイントして参加すればいいのに。
「あの人もね、後で自分でペイントしてパレードに参加するんだって。すごいよね!」
マネちゃんが補足する。なるほど、そりゃそうか。
よく分からないが、ここにいる人たちはみんなノリノリで楽しんでいるらしい。
「どうも、こんにちは……」
とりあえず日本語で挨拶してみた。
すると、その美人アーティストは私の手をキュッと握り、聞き馴染みのない言葉でまく立てるように話しかけてきた。
英語ではない、現地の言葉だ。
「えっとね、『はじめまして! お人形さんみたいに可愛いですね!』だって。」
即座に通訳してくれるマネちゃん。
とりあえず「センキュー」と返しておいた。
美人さんはさらにマネちゃんに向かって何かを伝えている。
「『青をベースにして、海をイメージしたペイントにしようと思いますが良いですか?』って言ってるよ。」
海のお祭りなのだから妥当なテーマだ。
私自身、青色は好きなので全く問題ない。
「よろしくお願いします、って伝えてください。」
マネちゃんが流暢な現地語で返答していく。
なんだかんだ頼りになるし、実はかなり優秀な人だったんだなと感心してしまった。
「あまり時間がないから、早速服を脱いでほしいみたい。このカゴに服を入れてねって。」
ついに脱衣の刻が来てしまった。
幸いにも周りは女性ばかりなので、男の目が無いだけまだマシなのだが……。
「……気のせいかな。周りの人たち、私のことチラチラ見てない?」
「確かにそうだね。ちょっと聞いてみるね。」
マネちゃんが再び美人さんに話しかける。
「なんかね、いろんな国の人が参加するお祭りだけど、日本人は珍しいんだって。あとは、この祭りは未成年の参加が禁止されているから……葵ちゃんのこと、未成年だと勘違いされてるかもって。」
なるほど。
日本では未成年に見られることなんてまずないが、背の低いアジア人だから幼く見えるのだろう。
とは言え、いちいち証明するわけにもいかないので、気にしないように努めることにした。
さて、いつまでも往生際悪く引き伸ばしているわけにはいかない。
腹をくくった私は、意を決してさっさと脱いでしまうことにした。
まずは履いていたショートパンツを脱ぎ捨て、セパレートタイプの水着姿になる。
そして、水着の上をサッと外した。
それを見た美人さんが、「おー」と感心したように小さく拍手を送ってくる。
なんだか応援されているようで、猛烈に恥ずかしい。
勢いに任せて、そのまま一気に下も引き下ろした。
燦々と降り注ぐ異国の熱い日差しの下、私はついにすっぽんぽんになってしまったのだった。
「葵ちゃん、やっぱり体きれいね。」
そばで見守っていたマネちゃんが、しみじみと褒めてくれる。
だが――。
「……どうせ『もう少しおっぱいが大きかったら完璧なんだけどね』って言いたいんでしょ?」
過去に何度も聞き飽きた言葉を、私は先回りして口にした。
私自身、自分の体型は嫌いではない。
けれど、華やかな芸能界で戦っていくには些かインパクトに欠けるというか、武器として弱すぎるのは自覚していた。
「うーん。でも、今の葵ちゃんの体当たり路線なら、むしろこれくらい引き締まった体型の方が好感度高いんじゃないかなぁ。女の子受けも良いと思うよ。」
「……そうなのかな?」
マネちゃんにそう言われると、急に少しだけ気分が良くなってしまう。
我ながらチョロいというか、つくづく単純な性格をしていると思う。
すると、先ほどの美人さんが何やら現地の言葉でマネちゃんに話しかけてきた。
「えっとね、『日本人ってアンダーヘアを生やしている人が多いって聞いてたから心配だったけど、ツルツルで良かった!』だって。」
私は脱毛を完了させているから良かったものの、そういう重要な予備知識はもっと事前に教えておいてほしい。
もしペイントしてもらう部分の下がフサフサだったとしたら、塗る側も塗られる側も気まずくて集中できないところだった。
気になってそっと周りの参加者たちを見渡してみると、確かに誰も彼も綺麗に処理されている。
というか、これほど大量の「ワレメ」が一堂に会している光景なんて、人生でそうそう拝めるものではない。
(……一応、目に焼き付けておこう。)
普段のお風呂や温泉では他人の身体をジロジロ見ないのがマナーだが、全身がキャンバスとなるこの異国の会場においては、むしろ堂々と見立て合うことこそが正解な気がしてしまった。
続きはPixivFANBOXにて先行公開しております。

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