本作品は『パーソナルジム』の続編となります。
良ければそちらからお楽しみください。

間の作品になります『続・パーソナルジム -ひなたの嫉妬-』はFANBOX限定公開となっております。
良ければそちらもお願いします。

鹿森ひなたは、ベッドの上で悶々と身悶えしていた。
カレンダーに目をやると、すでに7月の半ばを過ぎている。
今月いっぱいで、お兄さんのトレーニング期間が終わってしまうのだ。
それなのに――お兄さんからのアプローチは、今に至るまでまったくと言っていいほど無かった。
(あの時、キスしたんだから……私たち、付き合ってるんだよね?)
デートの誘いどころか、甘い雰囲気すら一切ない。
それどころかお兄さんは以前にも増してストイックにトレーニングに励み、その体は見るからにキレキレに仕上がってきている。
メッセージのやり取りを開いても、並んでいるのは食事制限に関する事務的なアドバイスばかりだった。
もしかして、お兄さんは根が真面目だから、三ヶ月の契約期間が終わるまでは不純な関係を遠慮しているのだろうか。
いや、それにしてもだ。
付き合いたてのカップルといえば、もっとこう、用事もなしにメッセージを送り合ったり、四六時中イチャイチャしたりするものではないのだろうか。
「……もしかして、付き合ってるって思い込んでるの、私だけ?」
そう口にしてみた瞬間、急に胸のざわつきが激しくなった。
よぎるのはあの時のお仕置き。
お兄さんは喜んでくれているように見えたけれど、本当は嫌々合わせてくれていただけだったのだろうか。
「……いや、落ち着け、私。」
深く息を吐き、思考を立て直す。
コースが終わったら、一緒にご飯へ行く約束はちゃんとしてある。
食事制限もひと段落するから、その時は目一杯美味しいものを食べようね、と楽しげに話したはずだ。
なんなら最近のお兄さんは、私の食の好みや嫌いなものまで、細かくリサーチしてくれている。
――待ってよ?もしかしてそれって、関係を綺麗に終わらせるための「最後の晩餐」的なやつなの? ――それとも、私の知らないところで、別の気になる誰かができちゃったとか……?
「……それだけは、絶対に許さないんだから。」
そこまで考えて、私はハッと我に返った。
お兄さんの態度を疑ってばかりで、自分自身が「デートの準備」を何一つ進めていないことに気づいたのだ。
「わかった。お兄さんがその気なら、受けて立とうじゃない。」
デート当日、覚悟しておきなさい。
そもそも、先に「好きだ」なんて思わせぶりな態度を取ってきたのはお兄さんのほうなのだ。
だったら、格の違いを見せつけて、絶対に惚れ直させてやる。
固く決心したひなたは、勢いよくクローゼットの衣装ボックスを開け――そして、絶望に突き落とされることになった。
「……嘘でしょ。」
まともな私服を、ここ数年まったく買っていない事実に直面した。
普段の生活で着ているのは、揃いも揃ってジャージばかり。
言い訳をさせてもらえば、通勤は楽なのが一番だし、気が向けばそのまま走って帰れるから合理的だったのだ。
だが、いくらなんでも初デートにジャージで行くわけにはいかない。
慌てて衣装ケースの奥底をひっくり返すと、ようやくジャージ以外の服が引っかかった。
しかし、それは何年も前の、学生時代に着ていた代物だった。
一応袖を通してみたものの、鏡に映った自分の姿は、どう贔屓目に見ても「どうかしている」としか思えなかった。
さらに、その横にある下着用のケースが視界に入る。
恐る恐る引き出しを開けてみたが、そこには「可愛い」の「か」の字もない景色が広がっていた。
値段と機能性だけで選ばれ、すっかり使い古されてくたびれた下着たち。
万が一、いや、億が一、当日に「そういう流れ」になったとして――こんな締まらない下着を見せられるわけがなかった。
「……終わった。」
ベッドに突っ伏し、完全な絶望に打ちひしがれていた……。
その時、 枕元でスマートフォンの画面が淡く光った。
飛びつくようにして通知を確認する。
送り主は、親友のみゆきだった。
送られてきたメッセージの内容自体は、本当にたわいもない、どうでもいい雑談だ。
けれど、今の私の目には、彼女が救いの手を差し伸べてくれた神様のように見えていた。
みゆきは、私とは正反対のオシャレな女の子だ。
青春のすべてを運動に捧げた私と、ファッションに捧げたみゆき。
全く違う世界に生きていたはずなのに、なぜか私たちは妙に馬が合い、社会人になった今でもこうして頻繁に連絡を取り合う仲だった。
そんな彼女は現在、下着メーカーに勤めている。
時折、直営店の店頭でお客さんのフィッティングも担当しているらしい。
昨夜、メッセージで今回の事情をざっくりと打ち明けたところ、みゆきは二つ返事で快諾してくれた。
『ちょうど明日、あんた休みでしょ? 私の店に来なさい。なんとかしてあげるから。』
その心強い言葉に心から感謝しつつ、その夜は眠りについたのだった。
そして翌日。私はみゆきが働く店の前に立っていた。
「……うわぁ。」
下着専門店なんて、人生で初めて入る。
みゆきには『ジャージ姿でもいいからとにかく来い!』と言われていたので、本当にいつものジャージで来てしまったのだが――正直、場違い感が半端ではない。
ガラス越しに店内を覗き込むと、そこにはキラキラとしたお姉さん方や女性客がちらほらと見えた。
(……うん、一回帰ろう。出直そう。)
本気で逃げ出そうと踵を返した瞬間、背後から鋭い声が飛んできた。
「ちょっと、あんた何不審者みたいなことしてんのよ……。」
振り返ると、そこには呆れ顔のみゆきが立っていた。
仕方ないじゃないか。まさかこんなオシャレな空間だとは思っていなかったのだ。
「だって……どう考えてもこのジャージはおかしいでしょ? こういうお店ってドレスコードとかあるんじゃないの?」
ビビり散らかしながら小声で抗議すると、みゆきはさらに深い溜め息をついた。
「あるわけないでしょ、下着屋よ? 服のほうは後で私が一緒に見繕ってあげるから、まずは下着。ほら、店の入り口でそんな話してるほうがよっぽど恥ずかしいわよ。」
有無を言わさぬ口調で腕を引っ張られ、私はそのままズルズルと店内に連れ込まれてしまった。
……こうなったら、もう腹をくくるしかない。
とびきり可愛い下着を絶対に買ってやるんだから。
そうやって覚悟を決めた私を連れて、みゆきが向かったのは華やかな商品が並ぶ売り場ではなく、店の奥にある広めのフィッティングルームだった。
「ここ、あんたのために貸し切りにしてもらったから。とりあえず服を脱いで待ってなさい。まずはサイズを正確に測っていくからね。」
そう言い残して、みゆきは一度部屋を出ていった。
いつも私がお客さん相手にやっているような流れを、まさか自分の畑違いの場所で、それを身を以て体験することになるとは思わなかった。
観念した私は、ゆっくりとジャージを脱ぎ捨てる。
そして、昨夜衣装ケースの底から引っ張り出してきた、お世辞にも見栄えがいいとは言えない下着姿のまま、みゆきが戻ってくるのをそわそわと待つハメになった。
みゆきはメジャーとカメラを手に、フィッティングルームへと戻ってきた。
そして、私のヨレヨレの下着姿を見るなり、深々とため息をついた。
「あんた……学生時代からまったく変わってないのね。」
直球すぎる言葉に、急に羞恥心がこみ上げる。
もしかして、私が今までモテなかったのって、単に『重い』と敬遠されていたからだけじゃないのかもしれない。
そもそも、女としての根本的なダサさのせいだったのでは……。
そりゃお兄さんも呆れられるか……。
一気にずーんと心が暗くなってしまった。
「ほらほら、落ち込んでないで。まずは写真撮るからそのまま姿勢を正して。」
「え?写真って下着姿?」
これもいつもお客さんに私がやっていることだ。
お店のルールとはいえ、お客さんはこんな気持ちだったのか、と改めて思い知らされた。
結局、正面、サイド、そして後ろ姿と下着姿の私をあらゆる角度から撮影されてしまった。
「じゃあ、次はちゃんと測っていくから、下着も脱いじゃって。」
……やっぱり、脱がないとダメだよね。
まあ、みゆきとは昔から銭湯も温泉も一緒に行く仲だから、今更見せ合ってどうこうという訳でもないのだけれど。
背中のホックをプチッと外すと、窮屈なブラジャーからバストが解放される。
それを見たみゆきが、あからさまに眉をひそめた。
「あんたなんでそんなに鍛えているのに、おっぱいだけはちゃんとあるわけ? 軽く腹立つんだけど。」
確かに、みゆきよりはおっぱいあるかもしれない。
けれど、みゆきはみゆきで背が高くてスレンダーで、モデルみたいに綺麗な体型をしているのだから贅沢な悩みだ。
「はい、下も脱いじゃって。一回、全裸になっちゃおうか。」
カメラを構え直したみゆきが、さらりととんでもないことを言ってきた。
「え?下も?なんで?」
サイズを測るのには上だけで良いような気がする。
「私の言うことが聞けないっていうなら、フィッティングしてあげないわよ?」
「くっ……!」
もちろん、半分は冗談なのだろう。
脱ぐのを拒んだとしても、みゆきはちゃんと私に似合う下着や服を選んでくれるはずだ。
だけど、今の私は『変わりたい』と思っている。
お兄さんの前に自信を持って立ちたいのだ。
今回は、すべてこのプロの親友に委ねよう。
これで、もしお兄さんとの仲が上手くいかなかったら絶対に許さないんだから――。
そう胸に誓いながら、私は下着をすっと足元へ落とした。
「うーん……下の毛は、少し整えた方がいいかもね。」
再び強烈な羞恥心がこみ上げる。
確かに、誰かに見せることなんて微塵も想定していなかったから、ここ最近は完全に伸ばしっぱなしだった。
気がつけば、色々と『女の子として大事なこと』をおざなりにしていたのかもしれない。
そのとき、パシャリとシャッター音が響いた。
「これは私が個人的に楽しむ用ね。」
「……だと思ったよ!」
みゆきは私の写真をコレクションしている節がある。
学生時代から、何度こうしてきわどい写真を撮られてきたことか。
私は私でみゆきのきわどい写真を持っているけどね。
お互いに変な裏切りができないようにという、一種の抑止力だ。
「後でみゆきの写真も撮らせてもらうから、覚悟しておきなさいよ。」
全裸の私とカメラを持ったみゆき。
お互いにこやかにそんな会話を交わしていた。
「さ、時間も無限じゃないし、バストを測っちゃうわ。」
みゆきがメジャーを取り出す。
そこからは一転してプロの顔になり、慣れた手つきで私の胸にメジャーを這わせて数字を取っていく。
真剣な眼差しで手際よく作業を進める姿に、昔っからみゆきはかっこいいんだよな、と心の中で褒めておいた。
「あんたDカップあるのね。そのダサい下着はサイズあっていないじゃない。」
またしても呆れられてしまった。
学生時代は確かCカップだったはずだ。知らぬ間に成長していたらしい。
みゆきが離れた隙に、自分の胸を少しフニフニと揉んでみる。
……うん、自分で言うのもアレだけど、結構いいおっぱいなんじゃないだろうか、と少しだけ自画自賛してみる。
「よし、じゃ下着見繕ってくるよ。ちょっとだけ待っていてね。」
みゆきは足早にフィッティングルームを出ていき、私は一人、全裸で部屋に取り残された。
なんとなく、壁一面の鏡に映る自分の姿を見つめる。
普通の女の子よりも、ずっと鍛え上げられた筋肉質な身体。
「……お兄さんは本当に、こんな身体で喜んでくれるのかな。」
ぽつりと静かな部屋にこぼれ落ちた独り言に、また少しだけ心が折れそうになる。
もう、頼れるのはみゆきしかいなかった。
かわいい下着、 見つかると良いな。
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