【創作羞恥小説】田舎と旅行と質屋と

大学生(CMNF)

私は今、人生最大のピンチに陥っている。

二泊三日の温泉旅行。
名湯をいくつも巡り、旅先でテンションが上がった勢いでたくさんのお土産を買ってしまった。
……これが良くなかった。カバンはパンパンで、チャックすら閉まりきらない状態。
最終日の朝、目覚めると同時に「これを持って帰らなきゃいけないのか……」と、半ば絶望していた。

すると、旅館のロビーに一枚の張り紙が貼ってあるのが目に入った。

『お荷物郵送できます』

藁にもすがる思いで女将さんに話を聞いてみると、どうやら送料着払いで自宅まで届けてもらえるらしい。

「集荷の配達員さんがあと30分くらいで来ちゃうから、送るなら急いだ方がいいわよ。」

そう言いながら、女将さんは伝票とペンを渡してくれた。

あとはもう家に帰るだけだし、スマホさえあれば何とかなるだろう――そう高をくくってしまったのが、最大の敗因だった。
急いで送り状を書き上げ、女将さんに荷物を預けると、私は身軽になった体でバスに乗り込み、最寄り駅へと向かった。

だが、バスに揺られてしばらく経った頃、ふとある違和感に襲われた。

「……待って、お財布は?」

そうだ、カバンの整理をしたとき、財布もまとめてカバンの中にしまってしまったのだ。
つまり、私は財布ごと荷物を自宅へ送ってしまったことになる。
現金も、クレジットカードも、ICカードも、すべてあのパンパンのカバンの中だ。
そんな致命的なミスにすら気づかず、私は後払い方式の路線バスに乗り込んでしまっていたのだった。

パニックになりながら必死でポケットを探ると、お尻のポケットから小さな小銭入れが出てきた。
助かった……!と一瞬胸を撫で下ろしたが、中身を確認して凍りついた。
入っていたのは、わずか300円。

慌てて運賃表を見上げると、次のバス停を過ぎてしまうと運賃が300円を超えてしまうことが判明した。私は半ばパニック状態で降車ボタンを押した。

――そして、現在に至る。

周りに田んぼと山しかない見知らぬバス停に、ポツンと取り残されてしまった私。
普段は現金派だからと、スマホ決済やカードの登録は一切していなかった。
まさかこんな事態になるなんて思いもしなかったのだ。

「由美の忠告を聞いておけばよかった……」

よくよく考えれば、降りずに終点まで行って運転手さんに事情を話し、連絡先を書いて後日支払うという手もあったはずだ。
パニックになると人間はろくな判断ができない。
だが、過ぎてしまったことを悔やんでも始まらない。
私は深いため息を一つ吐き出し、バス停の時刻表に視線を送った。

「……いやいや、嘘でしょ?」

そこに書かれていた次のバスの時間は、なんと3時間後。
何から何まで、すべてが裏目に出ていた。

「……仕方ない、駅まで歩こう。」

諦めて開いたスマホの地図アプリは、目的地までの距離「20キロ」を容赦なく指し示していた。


足には多少の自信があったので、私はとりあえず駅があると思われる方角へ向かって歩き始めた。
だが、周りを見渡してもポツポツと民家が見えるくらいで、他には本当に何もない。
道なりにただひたすらまっすぐ歩くしかなかった。

遮るもののない道に、真夏の強烈な日差しが容赦なく降り注ぐ。
じわじわと、けれど確実に体力が削られていくのが分かった。

「……これ、ちょっとマズくない?」

手元にあるのはスマホと、半分ほど減ったペットボトルの水だけ。
すでにかなりの距離を歩いてしまっており、最初のバス停に戻ることすらできない。
水分を補給しようと口をつけるたび、手元の水はみるみるうちに減っていく。
全身汗だくになり、どことなく軽い眩暈までしてきたような気がした。

気づけば、いつの間にか周りから民家すら消えていた。
頭の中に『遭難』という最悪の二文字が浮かび上がる。
慌ててポケットからスマホを取り出してみたが、画面の右上には無情にも『圏外』の文字が表示されていた。
被っているキャップのつばからポタポタとこぼれ落ちる汗が、まるで自分の生命力が滴り落ちているように感じられて、急に恐ろしくなった。

そんな私を絶望させるように、目の前には延々と続く急な坂道が立ちはだかった。

「……よし、あの坂をのぼり切ろう。のぼり切ったら、最初に見つけた家に助けを求めに行こう。このままじゃ……本当に死んじゃう……」

私は最後の力を振り絞り、一歩一歩、踏みしめるように坂道を登り始めた。

「……せめて……車が一台でも通ってくれたら……」

弱音を呟きながら、重い足を前に出し続ける。
そして、どうにかこうにか坂の頂上へと到達した。

「……あ、あった……!」

そこには、ポツンと佇む小さな建物があった。
どうやら何かの店舗のようだ。かろうじて意識を保ちながら看板を見上げると――。

『霞屋質店』

「……質屋さん?」

クラクラする頭の中で、電撃が走ったように一つの閃きが浮かんだ。
私がいま腕につけているのは、お気に入りの三万円で買った腕時計。
もしかしたら、質屋なら一万円……いや、数千円くらいで買い取ってもらえるかもしれない。
お気に入りの時計を手放すのは惜しいけれど、背に腹は代えられない。
もし売ることができれば、駅までの交通費も手に入るし、何よりお水を分けてもらえるかもしれない。

私はまさに藁にもすがる思いで、その店の扉を押し開けた。


ガラリと引き戸を開けると、店内にはむせ返るような独特のお香の匂いが充満していた。
だが、それ以上にひんやりとした冷房の風が、火照った身体にはこの上なくありがたかった。

「おやおや、お客さんとは珍しいですね。」

カウンターの奥から声がした。
そこにいたのは、見るからにあやしげな男だった。
古びたレジのあるカウンターに座っているところを見ると、おそらくこの店の店主なのだろう。

「あ、あの……こちら、質屋さんですか?」

念のために尋ねてみる。
こんな極限状態でも、「違ったら恥ずかしい」という気持ちが残っていたことに自分でも少し驚いた。

「ええ、質屋ですよ。買い取れそうなものをお持ちでしたら、どうぞ遠慮なく。」

男は甚平に深い帽子を被っており、影になって目が全く見えない。
口元だけがニヤリと歪んでいるが、その真意は読み取れなかった。
だが、今の私に引き返すという選択肢は存在しない。

「あの!」「……おっと、少々お待ちください。」

私が切羽詰まった声を上げると、店主はそれを制して店の裏手へと回った。
そしてすぐに、氷の浮かんだグラスに入ったお茶を二つ、お盆に乗せて持ってきた。
カララン、と氷の鳴る音が響く。
喉から手が出るほど美味しそうだった。ゴクリと唾を呑み込む。

「どうぞ。まずは一息ついてから、お話を聞きましょう。」

普段の私なら見知らぬ場所で出された飲み物なんて警戒して手をつけなかったはずだ。
だが、脱水症状の手前にいた私の身体は、その魅力的な誘惑に勝つことができなかった。
手渡されたグラスを受け取るやいなや、私は一気にそれを飲み干した。
乾ききった身体が、まるでスポンジのように冷たいお茶を吸収していく。

「おやおや、よっぽど喉が渇いていたのですね。よろしければ、こちらもどうぞ。」

促されるまま、私はもう一杯のお茶も一息に飲み干してしまった。

「あ、ありがとうございました……」

どうにか一息つくことができた。
ただ、そのお茶はどこか薬草のような、今まで飲んだことのない不思議な味がした気がする。

「さてさて、では買取のお話に入りましょうか。」

そうだ、お茶の美味しさに毒されて本題を忘れかけていた。
私は慌てて、腕からお気に入りの腕時計を外した。

「これを……買い取って欲しいのですが。」
「ほほう、腕時計ですか。少し拝見させていただきますね」

店主は腕時計を受け取ると、虫眼鏡のようなルーペを取り出し、じっくりと観察し始めた。

「……なるほど。」

ふうと短く息を吐き、店主は腕時計を静かにカウンターへ置いた。

「2000円ですね。」
「え?」

思わず声が出た。そんなに安いの?
確かに使い込んではいるけれど、元は三万円もしたのに……。

「ご不満ですか?ちなみにですが、ご希望の金額は?」
「あの……できれば一万円くらいで……」

おずおずと答えてみる。
だが、やはり帽子の下の表情が曇ったのが分かった。

「申し訳ありません。どんなにおまけしても2500円ですね。」

はっきりと一蹴されてしまった。
やはり図々しすぎただろうか……。

「ですが――もし他の物もお売りいただけるのでしたら、一万円以上ご融資できるかもしれませんよ?」

「他のもの……ですか?」

胸の奥で、すごく嫌な予感が走った。
だが同時に、店内に満ちる強いお香の香りと、先ほど飲んだお茶のせいか、頭が急激にぼーっと霞み始めていた。

「……売れるものが、あるのなら……」

自分の意思とは裏腹に、口が勝手に言葉を紡いでいた。


男がニヤリと口元を歪めた。

「では、まずその被られているキャップを1000円で買い取りましょう」

――帽子くらいなら、まあ良いか。
そう思い、つばに手をかけた瞬間、それが自分の汗でぐっしょりと濡れていることを思い出していた。
普通なら、見知らぬ他人にそんなものを手渡すなんてあり得ない。
だが、身体が言うことを聞かなかった。
私は躊躇なくそれをつばから外し、男へ手渡した。

「ほほう。汗でずいぶんと濡れていますね。」

男はキャップを受け取ると、あろうことか鼻を近づけてクンクンと嗅ぎ始めた。

「シャンプーの香りに混じって、頭皮の匂いもしますね。汗の匂いもなかなかのものです。」

心の奥底では激しい嫌悪感が渦巻いているのに、口が勝手に動いてしまう。

「ど、どうですか?もう少し値段、上がりませんか……?」
「ふむ……」

男は顎に手を当てて思案顔を作った。

「失礼ですが、お客様はお幾つですか?」
「あ、はい……21になりました。」
「なるほどなるほど。分かりました、1500円ご融資いたしましょう。」

1500円で買ってもらえたことに、不思議な喜びが胸を満たしていった。
もっと買い取ってほしいとさえ思い始めていた。
キャップは丁寧にジップ付きのポリ袋に密封された。

「まだまだ目標金額には届きませんが、次の交渉に移ってもよろしいですか?」

ここで止めなければダメだと本能が警鐘を鳴らしている。
それなのに、抵抗ができなかった。

「はい……。つ、次はこのシャツはどうですか?」

自ら次の出品を指定してしまう。
帽子以上に汗を吸い込んでビチャビチャになったTシャツ。
下に着ているブラジャーまで透けてしまっている。

「なるほどなるほど。では、こちらにお渡しいただけますか?」

ニヤニヤと笑う口元に心底嫌悪しながらも、私は男の前でそれを脱いでしまった。
自分でも不快なほど濡れた生地を男に手渡す。
初対面の男の前で、下着姿同然になる。正気ならあり得ないはずなのに……。

「ふむ。思った以上に汗で濡れていますね。匂いの方は、と。」

男はシャツの両端を指先でつまみ、再びクンクンと嗅ぎ始めた。
その行動に、さすがの私も顔が火照っていく。

「……なるほど。そこまで強い匂いはしませんね。お客様の良い匂いがします。では、ここは……」

そう言いながら、男は袖のあたり――腋の当たる部分に鼻を近づけた。

「ちょ、ちょっとそこは!」

思わず声を荒らげてしまう。
全てを受け入れかけている今の状態でも、さすがに腋の匂いを嗅がれるのは恥ずかしすぎた。
だが、男は意に介さず嗅ぎ続ける。

「ワキガではないですね。これだけ汗をかいているのに嫌な臭いがしません。」

喜んでいいことなのかすら分からない。
とにかく男の行動がいちいち気持ち悪い。

「ひとつお聞きしたいのですが、なぜお客様はこんな辺鄙な質屋においでなさったのですか?」

正直なところ答えたくはなかった。
だが、やはり自分の意思を無視して言葉が漏れ出る。

「はい……旅行に来たのですが、手違いで荷物と一緒に……お財布を送ってしまって……」

ただただ恥ずかしい大失敗。
だが、帽子の奥にある男の目が、怪しく光った気がした。

「そういったご事情がおありでしたか。なるほど、私も鬼ではありません。こちらのシャツは1500円のつもりでしたが、2000円ご融資いたしましょう。」

キャップより500円高く売れた。
だんだんと、嫌悪感よりも買い取ってもらえた喜びが勝るようになっていく。
シャツもまた、ジップ付きのポリ袋へと収められた。

「ご希望の金額にはまだ至りませんが、続けますか?」
「……当然です。」

帰るためのお金を稼がなければならない。
そのためなら売れるものは何だって売ってしまおう。
今の自分がどんな格好をしているかも忘れたかのように、思考が都合よく書き換えられていく。
そして――。

「次は……これをお願いします。」

私は履いていたデニムのショートパンツを脱いだ。
幸い、ショートパンツ自体はそれほど汗を吸っていなかった。
さっきのシャツに比べれば気楽な気持ちで男に渡すことができた。

だが、私は気づいていなかったのだ。
汗を吸い込んで重くなっていたのはショートパンツではなく、その下に履いていた薄いショーツの方だということに。
白いショーツは、汗で濡れて肌に張り付き、黒々とした陰毛を痛々しいほど透けさせていた。
そんなことにも気づかず、私は査定を待つ。

「はい、ショートパンツですね。匂いは……あまりしませんね。なるほどなるほど。」

男は深考しているようだ。そして、査定が出た。

「500円でしたらご融資できます。」
「えっ!500円ですか!?」

まさかキャップより安いなんて思わなかった。
匂いという要素がそこまで重要なのか……。

「ですが、お客様のご事情も汲みまして……倍の金額をお出ししましょう。」

『倍』という甘い言葉に、コロリと引っかかってしまった。
深く考えずに「はい」と返事をしてしまう。
いや、もはや正常な判断などできる状態ではなかったのかもしれない。
500円が1000円になっただけだというのに、とてつもない達成感と幸福感が身体中を支配していた。


「おっといけない。お香が切れていたようだ。」

男は新たなお香を取り出し、火をつけた。
先ほどとはまた異なる独特な香りが立ち上る。
怪しいと分かっていながらも、どうしても深く吸い込みたくなる魅惑的な香りだった。
鼻腔を通して体内に香りが満ちていく。
先ほどよりもいっそう、頭がぼーっと霞み始めてきた。

「では続けましょうか。今のところ合計で4500円ですね。目標からはだいぶ遠いようですが。」

――売らなきゃ……もっと売らなきゃ……!
頭の中で、強迫観念のような声がどんどん大きくなっていく。
今の私に差し出せる『売り物』は、もう幾つも残されていない。
少しでも高値をつけてもらわなければならないのだ。

私は手を背中に回し、プチっとブラジャーのホックを外した。
窮屈な下着の中で圧迫されていたバストが、一気に解放される。

「あの……これを……」

外したばかりの生温かいブラジャーを、男へと差し出した。

「はい、お預かりいたします。」

さっきよりも怪しげな笑みを浮かべる男。
だが、今の私にはそんなことを気にする余裕すら残っていなかった。

「白のレースですか。サイズはかなり大きいですね。えーと……」
「はい……88のEカップです……」

尋ねられてもいないのに、己の肉体情報を自ら差し出してしまう。

「なるほどなるほど。ありがとうございます。こちらもしっかり汗を吸っていますね。」

男はブラジャーのカップの内側に鼻を押し当て、深く息を吸い込んだ。
客観的に見ればあまりにも異常な光景なのに、ぼんやりとそれを見つめることしかできない。

「ふむ。お客様はやはり体臭が強くありませんね。柔軟剤の香りの奥に、ほのかに甘い汗の匂いが聞こえる程度です。」

そして、男はこちらを直視した。

「失礼ですが……このブラジャーに包まれていた『部分』の感触を、確かめさせてはいただけませんか?」

――ブラジャーに包まれていた部分。
つまり、丸出しになったこの胸を直接触らせろということか。
そんなこと、受け入れられるわけがない……!

「……はい、どうぞ。」

抵抗の意思とは裏腹に、私は自ら自慢のバストを男の前に突き出していた。

「ありがとうございます。」

男は躊躇することなく両手を伸ばし、そっと私の乳房に触れてきた。

「……んっ。」

思わず声が漏れる。

「なるほどなるほど。素晴らしく柔らかいですね。それでいて形が崩れず、重力にもしっかりと抗っている。素晴らしい物をお持ちのようだ。」

ふにふにと、容赦なく揉みほぐされる。
嫌なはずなのに、身体はその愛撫をすんなりと受け入れてしまっていた。

「んあっ!?」

突如、両方の乳首を指先で強く摘まれ、大きな悲鳴が漏れてしまった。
慌てて手で口を押さえる。
まだそんな理性が残っていたことに、ほんの少しだけ驚いた。

「なるほどなるほど。色も形も、そして感度まで素晴らしい。」

ギュッ、ギュッと乳首を繰り返し摘み上げられる。
その度に、抑えきれない恥ずかしい声が漏れてしまう。
当然のように、両方の先端はビンビンに勃起して硬くなっていた。
それでも、男は一向に指を離そうとしない。

「ちょ……あの……そろそ、んはぁっ!?」

言葉を遮るように、さらなる激痛と快感が襲いかかった。
指の腹でコリコリと擦るように刺激されたかと思えば、ぐっと強く引っ張られる。
容赦ない愛撫に耐えかねて、私は太もも同士を擦り合わせ、もじもじと身を悶えさせることしかできない。

「ん……うはぁ……だ、だめ……っ!」

吐息混じりの情けない声が溢れ出る。
悪戯に捏ね回され続けるうち、ついに身体の底から熱い快感が突き上げてきた。

「ちょ……あはぁ……っ、ほ、本当にもう……っ」

あと一息で絶頂へ届く――そう確信した瞬間、ピタリと両手が離された。

わけが分からなかった。
あんなに執拗にいじめておいて、最後の最後で突き放すなんて……。

「な……なんで……っ」

思わず不満気な声が漏れてしまった。
だが、男は至極淡々と、何事もなかったかのように言い放った。

「いかがされましたか?そろそろこのブラジャーの査定を出さなければいけませんからね。……もしかして、何か変なことでもお考えでしたか?」

そう言われてしまえば、反論などできるはずがなかった。
ここで何か主張すれば、自ら「変態です」と白状するようなものだ。

「そうですね。このブラジャーでしたら、2000円が妥当かと。」

――え?2000円……?
あんなに恥ずかしい思いをして、身体まで弄ばれたのに、たったの2000円……!?

「あ、あの……さすがにそれはひどくないですか……?」

どうにか絞り出すように抗議した。
しかし、お香のせいで頭のクラクラ感は増すばかりだった。

「そうですか。では、お客様のご事情を鑑みて、少し色をつけて2500円にしましょうか」

2500円……。

「も、もう少しだけ……お願いします……っ」

私は深々と頭を下げた。
さっきから500円ずつなら簡単に引き上げてくれていた。
もしかすると、この男との交渉は一度粘って500円上げさせてからが本番なのかもしれない――麻痺した頭で、そんな都合の良い思考に縋り始めていた。

男は再び顎に手を当て、思案する素振りを見せた。

「分かりました。3000円です。これ以上は一切お断りします。」

その言葉に、少しだけ胸を撫で下ろした。
これで合計7500円。目標の1万円まであと少しだ。

大丈夫、私には……まだ最後の一枚が残っているのだから。


だが、男は静かに、そっと話しかけてきた。

「そろそろ終わりにしましょうか。これ以上、私どもが買い取るものは……」

その言葉を聞いた瞬間、全身の血が引いていくような感覚に襲われた。愕然とした。
まさか、ここまできて終わりなんてあり得ない。
大切なブラジャーまで売ったのに、目標額に届かないなんて冗談じゃない。

「お、お願いします!私の最後の1枚……ショーツを買い取ってください!」

男の返事を聞く余地すら与えず、私は勢いよく下着のゴムに手をかけ、一気に膝まで下ろした。

初対面の男の前で、ついに一線を超え、完全に全裸になってしまった。
身につけている残されたものは、最初に見てもらった腕時計と足元のサンダルだけ。
けれど、不思議とそれらを売るという選択肢は頭に浮かばなかった。

私は脱いだばかりのショーツを小さく丸め、男の眼前に必死で押し付けた。
昨日の夜、温泉に入ってからずっと履き続けていた下着。
途中で何度かお手洗いにも行っている。きっと、確実に匂いも残っているはずだ。

もしその匂いが査定額を高めてくれるのなら、今の私にはこのショーツしかない。
今年で21歳になる女子大学生が考えるようなことではない。
頭のどこかでそう分かっていても、今の私にはそれ以外の選択肢が見えなくなっていた。

「これは……大胆なお嬢さんだ。分かりました、査定いたしましょう。」

男はゆっくりと両手を差し出してきた。
その手の中に、私は自分の汗で少し湿った布地を、すがるように握らせた。

男はちらりと、ジップ付きのポリ袋に密封された私のブラジャーへと視線を落とす。

「上下お揃いですね。とても可愛らしい下着です。」

その言葉に、なぜかふっと誇らしい気持ちが胸を掠めた。
そう、私のお気に入りのおしゃれな下着なのだから、しっかりと高く査定してもらわなければ困る。
身体を隠すという当然の羞恥心はどこかへ吹き飛び、私は全裸のまま、固唾をのんでその光景を見つめていた。

「では、状態を確認させていただきますね。」

男はまず、ショーツの表と裏を丁寧に検分し始めた。
遅れてじわじわと、背筋を焼き尽くすような羞恥心が湧き上がってくる。
けれどそれ以上に、高値がつくことへの歪んだ期待が私の中で同居していた。

「なるほどなるほど。結構使い込まれていますね。生地の端に、少しほつれが見られます。」

お気に入りだからこそ何度も履いていた。
だから仕方のないことなのかもしれない。

「……すみません。」

耐えきれず、消え入るような声で謝罪していた。

「いえいえ、使い込まれている方がむしろ高評価ですよ。あなたの生活が、人生が見えてくるようです。」

男の帽子の庇の下から、ちらりと目が覗いた気がした。
その瞳はどこか、欲しかったおもちゃを買ってもらった幼い少年のように怪しく輝いていた。

「それでは、失礼して。」

男はショーツのウエスト部分を上から両手でガバッと大きく押し開いた。
今、人生で一番見られたくない場所を、まじまじと観察されている。
男の今までの言動から察するに、おそらく汚れている方が高値で買い取ってもらえるはずだ。
けれど、一人の女の子としてのプライドが「汚れていてほしくない」と必死に叫んでいた。

「おっと。」

男の手が止まる。何かを見つけたようだ。嫌な予感しかしない。
男はショーツの内側から、何か小さなものを指先でつまみ上げ、私の目の前へと突きつけてきた。

「こちらは……お客様の陰毛ですね。」

目の前に提示された、縮れた一本の毛。
今まさに全身を全裸で陰毛そのものを晒している最中だというのに、抜け落ちた陰毛がパンツに残っていたという事実に、心が激しく掻き乱されるほどの羞恥が襲いかかってきた。
穴があったら入りたいとは、まさにこのことだろう。

頭に一気に血が上り、急激に視界がぼやけてきた。
自分が今、一体どんな異常な状況に置かれているのか、思考が麻痺して分からなくなっていく。

「また少し、質問させていただいてもよろしいですか?」
「……はい。」

男はショーツのクロッチ部分に顔を近づけ、深く匂いを嗅ぎながら尋ねてきた。

「お客様は、大学生ですか?」
「……はい。今年で、三年になりました。」
「身分証は……財布の中ですか?」
「……はい。申し訳ありません。」

拒絶することもできず、私の個人情報が一つ、また一つと暴かれていく。

「このパンツを履いてから、何回トイレに行かれましたか?」
「……はい。昨日の夜と、今朝起きてからと、バスに乗る前の……合計3回です。」

言いたくないはずなのに、問いかけられると勝手に口が動いて答えてしまう。

「なるほど。このクロッチの汚れは、その時のものですね。」

男は容赦なく、ショーツの内側を私に見せつけるように突き出してきた。
そこには、わずかな尿の跡と思われる黄ばみがはっきりと残っていた。

「……はい。汚してしまって、申し訳ありません。」

謝る必要なんてないはずなのに、惨めな謝罪の言葉が口から勝手にこぼれ落ちる。
私は一体、何をやらされているのだろう。

「では……経験人数を教えていただけますか?」

その質問に一体何の意味があるというのか。
いい加減にしてほしいと、心の奥底で激しい怒りが渦巻いた。
だが、私の口はそんな怒りを無視するかのように、淡々と事実を告げてしまう。

「……はい。一人です。」
「それは、今お付き合いされている男性ですか?」
「……いえ。先月、別れました。」

隠しておきたい過去が、ぼろぼろと漏れ出していく。

「なるほどなるほど。もしかして、この土地へ来られたのは傷心旅行ですか?」
「……はい。」

忘れるために一人で来たはずの旅行なのに、赤の他人に力任せにほじくり返される。
失恋の傷口が、ピリッと鋭く痛んだ。

「なるほど、よく分かりました。……では、その使用済みの穴を、こちらに見せてもらえますか?」

——ひどい。
そんな言い方ってないじゃないか。

あまりにも侮蔑的な要求に、胸の中で怒りすら消え失せ、底なしの悲しみだけが深く押し寄せていた。


だが、この男の言葉には抗えなかった。

私は観念したように両足を大きくガニ股に開き、腰をぐっと前に突き出した。
そんな無様で情けない格好のまま、自分の一番見られたくない場所を指で開こうと手を伸ばした、その時——。

「少々お待ちください。一度、そのままの状態で確認させてもらってもよろしいですか?」

気がつくと、男はいつの間にかカウンターの外へと出てきていた。
その手には、この古ぼけた怪しい質屋にはおよそ似つかわしくない、一眼レフの立派なカメラが握られていた。

(あれで……撮影されるんだ。)

ショーツの査定額が少しでも上がり、お金が手に入るのなら、もうなんだってよかった。
私は覚悟を決め、構えられたカメラのレンズに向けて、丸出しの股間を惜しげもなく見せつけた。

「なるほどなるほど。陰毛が生えているので全て覆われているかと思いましたが、割れ目の部分は綺麗に処理されていますね。……もしかして、元カレさんの趣味ですか?」

カシャ、カシャ、と無機質なシャッター音が室内に響く。
私の最もプライベートな場所が、レンズを通して記録されていく。

「……はい。彼が、ツルツルの方が好きだからって……」

そう言われて思い出してしまった。
彼に頼まれて処理をし始めてから、ずっとこの場所だけはツルツルのままだったのだ。
彼を忘れるための傷心旅行だったはずなのに、自分の身体に色濃く残る彼の痕跡を、赤の他人によって容赦なく暴かれていく。

「割れ目から、小陰唇のビラビラが少しはみ出していますね。クリトリスの皮ものぞいていて、可愛らしいです。……とても『使用済み』だなんて思えませんよ。」

カシャカシャと、絶え間なくシャッター音が続く。
また「使用済み」と言われてしまった。
そこまで何度も強調されるようなことなのだろうか。
胸が苦しく締め付けられる。けれど、身体は男に見せつけるポジションのまま、固まったように動かなかった。

「では、そろそろ開いて中を見せてもらいましょうか。思いっきり開いてくださいね。」

私はさっきよりもさらに大きく足を開いた。
そして、ぐっと腰を前に突き出す。
その無様な格好のまま、両手の人差し指と中指を沿わせ、クパッと割り開いてしまった。

こんな明るい場所で、限界まで押し広げて見せるなんて、元彼にだって一度もしたことがなかった。
なのに今、素性も分からない怪しい男の前で、しかもレンズの前で、自ら進んで見せつけてしまっている。

カシャカシャと、無情なレンズの作動音が静寂に響く。
嫌で嫌でたまらないはずなのに、私の中で、身体の奥がじんわりと熱い喜びを覚えてしまっていた。

「なるほどなるほど。綺麗なピンク色をしていますね。はみ出していた部分も整った形をしています。……少し失礼しますね。」

男はそう言うと、カメラを持たない方の手で、クイッと私のクリトリスの皮を剥いて露わにした。

「くっ……!」

過敏な部分への直接の刺激に、小さく声が漏れてしまう。

「こちらも綺麗ですね。ピンク色で美しく輝いています。」

再びシャッター音が連続で響く。
自分がこの異常な状況に興奮していることは、とうに理解していた。

「ふむ……私が剥いてしまうと、私の手が邪魔ですね。どうですか?開いたまま、自分で剥くことはできますか?」

「……はい。」

私は人差し指で割れ目を開いたまま、親指を器用に滑らせて、クリッと剥き上げた。
エアコンの冷たい風が、露わになった敏感な粘膜を撫でていく。
ゾクゾクとした悪寒のような快感が全身を駆け抜けた。

「はい、よくできました。では、綺麗に撮影しますので、そのまま我慢してくださいね。」

隠しておきたかった全てを開示し、言われるがまま撮影され続ける。
アップになったり引きになったり、あらゆる角度から私の性器がカメラの中に保存されていく。
そして、撮影はそこだけにとどまらなかった。

全身の引きの構図から、無防備な胸の先端まで、私の全てが記録されていく。

「では、後ろを向いて、しっかりとお尻を開いて見せてください」

「……はい」

私は拒むこともなく背を向け、自らの手でお尻を左右に押し開いた。
お尻の穴まで丸見えにされ、撮影されていく。

「では、これで最後にしましょうか。後ろを向いたまま足を大きく開いて、思いっきりお尻と……おマンコを開いてください。そして、足の間から顔を見せてくださいね。」

屈辱的な指示の通りにポーズを取る。
男の視線からは、お尻の穴から割れ目、そして股の間越しに私の胸と顔が一枚の構図に収まっているはずだった。
私という存在の全てを、一枚の写真に記録しようとしていた。

「はい、笑ってくださいね。」

私は言われるがまま、カメラに向かって満面の笑みを浮かべた。
さながら、自分から喜んでこの無様な姿を見せつけているかのように。

カシャカシャと、何度もシャッター音が響く。
その規則的な音が、まるで私の粘膜を直接撫でて刺激しているかのようにさえ感じられた。

「はい、ありがとうございます。」

やっと撮影が終わった。
静まり返った室内で、私の心には——「もっと撮ってくれてもよかったのに」という、恐ろしいほどの物足りなさと不完全燃焼感が、ぽっかりと残っていた。


「とても素晴らしい資料ができました。これはしっかり査定に反映させますよ。」

全裸のまま呆然と立ち尽くしている私に、男が満足そうに声をかけてきた。
いつの間にかカウンターの向こう側へと戻っていたようだ。

さっきまでの羞恥と屈辱に耐えた頑張りが査定に反映されると聞き、パッと胸が明るくなる。
一体いくらになるのだろうと、歪んだワクワク感が胸を占めていた。

「そうですね……。全て合わせて1万円と言いたいところですが、色をつけて【1万5千円】でいかがでしょうか。」

目標だった1万円を、5千円も超えた——!
本当に頑張った甲斐があった。
私は心の底から達成感と喜びに包まれていた。

「では、こちらの借り入れ証にサインをいただけますか?」

1万5千円の現金とともに、1枚の紙が差し出される。
そこには『衣服代 15,000円也』と達筆で書かれていた。
私は何の疑いも抱かず、迷うことなくペンを走らせた。
しっかりと自分の名前を書き上げ、男に手渡す。

男はそれを受け取ると、口元を歪めてニヤリと笑った。
そして、その紙を静かに机の上に置いた。

「商談成立!ありがとうございました!」

手が大きくパンッ!と高らかに鳴り響いた。
その衝撃音と同時に、私の脳内に押し込められていた理性が、一気に覚醒した。
自分が今、一体何をしていたのか——すべてを理解した。

「きゃあああああああああああああああああああっ!?」

私は両手で必死に胸と股間を隠し、その場に激しくしゃがみ込んだ。

(あり得ない、あり得ない、あり得ない……っ!なんで私は服を売っちゃったの!?しかも、あんな無様な姿で……!)

男がニヤついた顔で話しかけてくる。

「おやおや、歓喜の雄叫びですか?」

どうしてこんな取り返しのつかないことをしてしまったのだろう。
いくら失恋して自暴自棄になっていたとはいえ、見知らぬ男の前で全裸になって服を売るなんて正気の沙汰じゃない。

(まさか……この男、私に催眠をかけたんじゃ……!?)

私は涙目になりながら、男をキッと睨みつけた。

「ふ、服を返してください……っ!」

男はショーツの入ったポリ袋を指先で吊り上げ、見せつけるように言った。

「服とは、こちらのことでございますかな?」

「それです!早く返してください!」

一刻も早く取り返して、この地獄から逃げ出さなければ。
だが、そんな私の必死な訴えを嘲笑うかのように、男はポリ袋のジッパーをゆっくりと開けた。
そして、袋の口に鼻を近づけると、深く、思い切り息を吸い込んだ。

一瞬、何をされたのか理解できなかった。次の瞬間、頭が追いつく。

「やめてくださいっ……!」

さっきまで履いていた、汗と尿で汚れた下着の匂いを、目の前で直接嗅がれた。
あまりの恥ずかしさと気持ち悪さに、気が狂いそうになる。

「お金は返します!だから服を返してください!お願いします!」

「おやおや、もう質受けをされるのですか?でしたら、まとめて【150万円】いただきましょう。」

「え……?」

ひゃく、ごじゅうまん……!?
たった今、1万5千円で売ったばかりなのに?

「な、なんで……」

「おやおや、ご自分でしっかり確認された上で、サインをしていただきましたよね?」

ピラッと、一枚の紙が見せられた。
そこには確かに、私自身の直筆で名前が書かれている。

「よく見てください。」

示された場所をじっと凝視する。
さっきは『衣服代』と金額だけが書かれていたはずの紙面。
だが、その下には目立つ大きさで、はっきりとこう印字されていた。

『※質受けする際には、売却額の100倍の金額を申し受けます。』

ここまで堂々と書かれてしまっていたら、「見ていませんでした」という言い訳は到底通用しないレベルだった。
全身の血の気が引き、冷や汗が吹き出す。

そんな金額、ただの大学生の私に支払えるわけがないじゃない。
……ちょっとまって、こんなの、どう考えたって違法だよね?

幸い、手元には自分のスマホがあった。
私は震える手でスマホを男に見せつけながら、叫ぶように声を張り上げた。

「け、警察を呼びますよ!?こんなの絶対に違法です!」

だが、男は焦る様子もなく、むしろ余裕たっぷりの表情を浮かべると、手元のカメラを操作し始めた。
そして、その液晶モニターをこちらに向けて見せてきた。

そこに映っていたのは——足を大きく開き、両手で自らの性器とお尻を丸出しにして、カメラに向かって満面の笑みを浮かべている私の姿だった。

「さて……警察はこれを見て、どう思うでしょうね?」

言葉が出なかった。どう見ても被害者には見えない。
自ら進んで露出を楽しみ、カメラにポーズを決めている変態にしか見えない画像だった。
男はさらにボタンを押し、スライドショーで次々と写真を見せてくる。
そこには、自分の性器を指で広げて悦に浸っている私が鮮明に記録されていた。

「警察が来たら、こう言いましょうか。『露出狂の変態が店に侵入してきたので、証拠のために写真を撮っておきました』と。」

絶望だった。
いや、もしかしたら警察は助けてくれるかもしれない。
だが、その代償に私は見られたくない全てを晒さなければならなかった。
それは、私の人生に大きな影響を与えてしまいそうなことだった。

思いつく全ての手が無くなり、急に涙がこぼれてきた。
泣かないようにしようと思っていたのに、勝手に溢れてくる。
それが、ポタポタと床を濡らしていく。

「おやおや、泣かれてしまうとは。私もあなたをいじめたいわけではないんですがね。」

男はそう言うと、奥の棚をガサゴソと漁り始めた。

「分かりました。では、こちらをタダで差し上げましょう。」

差し出されたのは、一着のシンプルな衣服だった。

「……本当に、タダなんですか?」

「いらないのでしたら。」

男が手を引こうとしたので、私は慌ててそれを奪い取った。
それは一着のノースリーブのワンピースだった。
急いで身につけると、驚くほど私の体型にぴったりのサイズだった。
ともあれ、これで最低限の肌を隠すことができた。

「あの……本当に、私の服は返してもらえませんか?」

「150万円いただければ。」

やはり、ダメか……。

「じゃあせめて……写真は消してもらえませんか?」

すると男は、またしても別の紙を提示してきた。
そこには小さな文字で、『※撮影データの削除を希望する場合、1枚につき10万円を申し受けます』と書かれていた。
どこまでも用意周到な契約書だった。

「そうですか……。騙された私が悪いんですよね……」

がっくりと肩を落とす私に、男は困ったような素振りを見せた。

「いやいや、お客さんが進んで売ってくれたんですよ?証拠なら、ほら、ここに。」

男が親指で背後を指さす。そこには、部屋の隅にかなり堂々とカメラが設置されていた。
私のあの惨めで淫らな痴態の全てが、動画としてバッチリ録画されていたのだ。

もはや、どうしようもなかった。完全に手詰まりだった。

「分かりました……。でも、せめて他の人には見せないでください。お願いします……」

私は男に向かって深々と頭を下げた。
男はニヤッと笑みを浮かべた。

「もちろんです。それよりも、そろそろ準備をしてください。」

「準備、ですか……?」

そうか、そろそろ帰らないといけない時間か。
あまりにも長くここにいすぎた気がする。
体力も回復したし、頑張って駅まで歩こう。
そう思い、入り口の方を振り返ると、車が一台停車した。

「タクシーを呼んでおきました。あれで駅まで行ってください。私のおごりです。」

一体どういう風の吹き回しなのだろうか。
本当に訳がわからなかった。

「私はあなたを気に入った、ということです。もう二度とお会いすることはないでしょうが、最後くらいは『いい男』でいたいですからね。」

タクシーは心の底からありがたかったが、だからといって私にされた仕打ちが帳消しになるわけがない。
でも一応……。

「ありがとうございました。」

深々と頭を下げ、逃げるように外のタクシーへと乗り込んだ。

去っていくタクシーを店内から見送ると、男は店の奥にある重い扉を開けた。

薄暗い部屋の中には、無数の棚と、壁一面に設置された巨大なモニターが存在していた。
モニターには、これまでこの店に迷い込み、罠に嵌められてきた数々の女性たちの鮮明な痴態が、何分割もの画面で映し出されている。

男は空いていた棚の段に、今日手に入れたばかりの汗ばんだ下着とブラジャーを丁寧に並べた。
そして、メインモニターに今日撮影したばかりの画像と動画を読み込ませる。

画面いっぱいに、自らお尻と割れ目をクパッと押し開き、足の間からカメラに向かって満面の笑みを浮かべる彼女の姿が大きく映し出された。

「やはりここで張っておいて大正解でした。思った以上の上物がかかったようですね。」

男は妖しく光るモニターを見つめ、満足そうに鼻を鳴らした。

「しばらくは、この子で楽しむとしましょう。……さて、次の獲物がいそうな場所に移動しますか。」


エピローグ

ラジオが流れる車内、タクシーの揺れに身を任せて駅へと向かっていた。
すると、前方のバックミラー越しに運転手が話しかけてきた。

「お嬢ちゃん、あんなところで一体何をやっていたんだい?あんなへんぴな丘の上に呼び出されてさ、本当にお客さんがいるのか半信半疑だったんだよ。」

「あ……はい、色々ありまして。ちょっとお金が必要になって、質屋さんに入っていました。」

さすがに本当のことなんて話せるわけがない。
あそこで起こった屈辱的で恥ずかしい体験は、全てあの場所に置いて帰るつもりだった。

「質屋?近くには店なんて何もないぞ?お嬢ちゃんがあの広い丘の頂上でぽつんと突っ立っていたから、最初は幽霊か何かかと思ったくらいだ。」

「え……?」

運転手の言葉に耳を疑った。何かの冗談なのだろうか。

「いえ、私……あの質屋さんから出てきて、このタクシーに乗りましたよね?」

「いやいや。タクシーが到着しても、しばらくこっちに気づかない感じでボサッと突っ立っていたよ。」

なんだか話が噛み合わない。
胸の中に言いようのない気味の悪さが広がっていく。

「えっと……本当に、あそこに質屋さんなんてなかったんですか?」

「そりゃあそうだよ。あんな人通りのない丘の上に質屋があったって、客なんて来るわけないじゃないか。」

確かに運転手の言う通りだ。
だが、もしそうなら——私の服や下着は一体どこへ消えたというのだろう。
そして今、私が身につけているこのワンピースと、手元にある1万5千円の現金は、一体どこからやってきたのか……。

思考が混乱に陥りかけたその時、車がすっと道の端に停車した。
だが、窓の外を見回しても駅のような場所ではなかった。

「あの……駅ってここですか?」

尋ねると、運転手は少し気まずそうに咳払いをして答えた。

「あのな、お嬢ちゃん。……もしそれが君の『趣味』だって言うなら何も口出しはしない。だが、もしそうじゃないんなら……あそこの店で下着を買ってきた方がいいんじゃないかと思ってね。」

運転手が指さした先には、安さが売りのカジュアルな衣料品店があった。
なぜ、私が今ノーパン・ノーブラで下着を履いていないことが分かったのだろう。

ハッとしてそっと自分の胸元に視線を落とした。
汗をかいたせいだろうか、肌にぴったりと張り付いた薄手のワンピース越しに、うっすらと乳首が透けてしまっていた。

「きゃっ……!?」

慌てて両腕で胸を固く隠した。
まさか、バックミラー越しにずっと見られていたのだろうか……。

「ごめんな。さっきの赤信号で止まった時に、うっかり気づいちゃってさ。ここで待っててあげるから、急いで買っておいで。」

運転手は気まずそうに苦笑いしながら、助手席に置いてあったブランケットを貸してくれた。
私はお礼もそこそこにブランケットを羽織り、逃げるように服屋へ駆け込んだ。

あんな地獄から抜け出したはずなのに、まさかまだこんな恥ずかしい目に遭うなんて……。
けれど、もし気づかずにこの姿のまま電車に乗っていたら、もっと取り返しのつかない惨事になっていたかもしれない。

(あの男……絶対に許さない……っ!)

親切な運転手さんに心から感謝しつつ、私は残りの交通費を計算しながら、一番安い下着を握りしめてレジへと向かうのだった。

END


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

よければ、ジャンル別の目次から次の作品も探してみてください。

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